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植民地主義の遺産、アフリカンワックス [伝統文化]


植民地主義の遺産の象徴であるアフリカンワックス。
さまざまな色柄を蝋染めで表現した布地

論争の議題は、ディオールによる新たな「文化盗用」だが・・

--
異文化にインスピレーションを得た創造がなくなることはない。
それは、歓迎すべきことでもある。

とするも「ファッションの魅惑と政治性」からは植民地主義の遺産の象徴
が色濃くでていることは否めないようだ。

--
異文化の歴史的背景を踏まえた論争は、ディオールというグローバルな力の
前では、無力に等しいのかも・・


---
2019/05/23
ディオールのアフリカ開催のショーなぜ論争を巻き起こしたのか?
newsphere


アフリカンワックスという厄介な遺産

コレクションの象徴として採用されたのが「アフリカンワックス」。
ディオールの日本語サイトによると、「コートジボワールにあるUniwaxの工場とスタジオ
とのコラボレーションを実現し、ディオールコードを生地の緯糸に織り込み再解釈した
スペシャル エディションをデザインしました」とある。


アフリカンワックスは、アンカラ(Ankara)やダッチワックスなどの別称があるが、
さまざまな色柄を蝋染めで表現した布地のこと。

19世紀、交易ルートを拡大していたオランダが、インドネシアでハンドメイドの蝋染めの
布、バティックを「見つけ」、自国の工場で模倣したものを輸出しようとしたがインドネ
シア市場では失敗。

新たな輸出市場として開拓されたのが西アフリカだった。その布がアフリカンワックスと
して広まり、現在では西アフリカだけでなく東アフリカにおいて、アフリカ大陸以外のア
フリカ系の間でも大衆的な人気がある布だ。


アフリカンワックスという厄介な遺産

ファッションは美しく、楽しく、インスピレーションを与えるものである一方、政治的な
表明ツールでもある。

ファッション(もしくはファッションを含めた芸術表現)が持つこの二面性こそが、
今回のディオールのコレクションの論争の根底にあり、こうした論争はこれからも起こり
続けるであろうと考えざるを得ない。


ニューヨークタイムズ紙のベテランファッションジャーナリスト・評論家のヴァネッサ・
フリードマンは、ディオールは「ある程度」うまくやったといった評価を下す。



「コレクションを象徴するのはアジア・西洋との文化・産業融合から生み出された
アフリカ独自の布地アフリカンワックス」という表現があった。


アフリカンワックスの歴史的背景や論争を踏まえると、あまりにもナイーブで
ロマンティックすぎる表現

異文化にインスピレーションを得た創造がなくなることはない。それは、歓迎すべきこと
でもある。ファッションブランドにせよ、メディアにせよ、個人にせよ、他者から学び続
け、対話と発信を継続していくことしかできないのだろう。

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水上グアバ市場 バングラデシュ [伝統文化]

6月から8月にかけてグアバのシーズンには非常に活気づく。
1世紀以上続けられていると言うバングラデシュの水上グアバ市場。

しばしば「熱帯のりんご」とも呼ばれ、ベリー類に似た果物「グアバ」。
バングラデシュの重要な農作物の1つ。

--
地域の村人たちは、小型のボートで市場に現れてグアバを売り、卸売商たちは
それを買い集めバングラデシュ全域に流通させている。

グアバのシーズンには非常に活気づく。農家に不利な安い価格で
取引が行われているが、携帯電話の普及で状況は徐々に変わりつつあるとか・・


---
2019/04/08
写真で旅するバングラデシュの水上グアバ市場
newsphere

バングラデシュ南部の、川と運河が入り組む場所には鮮やかな緑の光景が広がっている。
もし、ボートで運河を進んだなら、青々としたグアバの果樹園を多数目にすることが出来
るだろう。

この地域では数多くの農家がグアバを育て、売ることで生計を立てており、彼らとその
卸売商たちは、タイの水上市場に似た、地域にあるいくつかの水上市場に集結する。


グアバはベリー類に似た果物で、しばしば「熱帯のりんご」とも呼ばれている。この果物
は熱帯アメリカ(特にメキシコとペルーの間に位置する島)原産だが、今日ではバングラ
デシュ全域で栽培されており、この国の重要な農作物の1つとなっている。

バングラデシュ南部地方、特にバリサル県、ピロジュプール県、ジェロカティ地域がこの
国におけるグアバの主要産地である。



グアバの水上市場は、クリヤナ村、アトゴール村、ヴィムルリ村で見ることが出来る。
これらの地域の村人たちは、小型のボートで市場に現れてグアバを売り、卸売商たちは
それを買い集めバングラデシュ全域に流通させている。



これらの水上市場が、いつ頃から始められたのか正確には知られていないが、市場の歴史
は古く、少なくとも1世紀以上前から続けられている。ビムルリ村のキルティパシャ運河で
開かれる市場は、バングラデシュ国内で最大の規模を誇り、6月から8月にかけてのグアバ
のシーズンには非常に活気づく。

市場は年間を通して開かれており、キャニモモ(フクギ科の果実)、レモン、ココナッツ、
バナナなどのグアバ以外の果物も売買されている。農家は交渉技術や冷蔵施設を持たない
ため、現状は農家に不利な安い価格で取引が行われているが、携帯電話の普及により、
この状況は徐々に変わりつつある。



美しいバリサール:水上マーケット、グアバガーデン

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読めないと恥ずかしい [伝統文化]


日常生活で目にしている漢字でも
正しく読めるかは別問題。
まさか「麦酒」は,むぎしゅって注文・・

1.「手水」
2.「麦酒」
3.「生蕎麦」
4.「河豚」

---
「麦酒」=むぎしゅ?「手水」=てみず?
デートで読めなかったら恥ずかしい漢字4選
headlines.yahoo /magacol


大人になっても漢字を読み間違えることってありますよね。人前で恥ずかしい思い
をした経験がある人も多いのではないでしょうか。

今回はデートで間違えたら恥ずかしい漢字を4つ集めました。相手に幻滅されない
ように、ぜひ正しい読み方を身につけてくださいね!


1.「手水」

神社や寺院などにお参りに行く際、気を付けたいのが“お参りの作法”です。

お礼はどのタイミングでするのが適切なのか、拍手は何回行うのかなど、
さまざまな作法や手順がありますよね。

「手水」もいわば“お参りの作法”のひとつで、参拝する前にはこの手水を行って
手や口を清めます。

そんな「手水」の正しい読み方は……

「ちょうず」です。

そのまま「てみず」と読み間違えてしまいやすいため、しっかりと覚えておきま
しょう。



2.「麦酒」

「麦酒」とは漢字のとおり、麦を原料として醸造したお酒のことを言います。
飲み会で、まずは「麦酒」を飲むという人も多いでしょう。

麦酒は日本以外にもドイツやイギリス、ベルギーなど世界のさまざまな国々で親
しまれています。それぞれの国の麦酒を飲み比べるというデートも楽しいでしょう

そんな「麦酒」の正しい読み方は……

「ビール」です。

たとえば初デートで緊張している時も、麦酒などのお酒が入ると、緊張がほぐれ
て会話がはずむかもしれません。

まさか「むぎしゅ」なんて読んでいないですよね?



3.「生蕎麦」

「生蕎麦」とは「生の蕎麦」……のことではなく「蕎麦粉100%の蕎麦」のことを
言います。

小麦粉などつなぎを一切使っておらず、「生蕎麦」以外にも「十割蕎麦」「生粉打
ちの蕎麦」と言われることも。

そんな「生蕎麦」の正しい読み方は……

「きそば」です。

ちなみに「生」を「き」と読む場合、「まじりけのない」という意味があります。

こちらも併せて覚えておきましょう。


4.「河豚」

「河の豚」と書くこちらの漢字。「海豚」と書いて「いるか」と読むため、
「河豚」を「いるか」と読み間違えてしまう人が少なくないと言います。

「河豚」は食べられる部分が河豚の種類や漁獲した場所によって違い、素人の
判断で河豚を調理をしてしまうと大変危険なんです。

そんな「河豚」ですが、正しくは……

「ふぐ」と読みます。


下関や北九州など、特定の地域では「ふく」と読んでいるそうです。

あなたは一体いくつ読めたでしょうか? 
デートで漢字を読み間違うと確実に好感度が下がってしまいます。
ぜひこの機会に正しい知識を身に着けておきましょう!

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読めたらスゴイ! [伝統文化]


聞いたことがある言葉、漢字で書けば・・
読めそうで読めない1文字の漢字、難読漢字

1.「徐に」
2.「夙に」
3.「乃ち」
4.「漫ろ」

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2019/09/08
徐に=?漫ろ=?読めたらスゴイ!読めそうで読めない1文字の漢字
headlines.yahoo magacol

複数の漢字を組み合わせた言葉なら、それぞれの漢字の意味から読み方を考える
ことも可能です。

しかし、漢字一文字の場合、読み方をイメージするのが難しく、読み間違えるこ
とが少なくありません。

この記事では、そんな“読めそうで読めない1文字の漢字”をピックアップしてご
紹介します。全問正解を目指して、ぜひチャレンジしてみてくださいね。


1.「徐に」

「ゆるやかに」「静かに」、また「落ち着いて事を始めるさま」のことを
「徐に」と言います。

もしかすると、言葉としては聞いたことがあるかもしれません。
しかし、漢字表記になるとなかなか読み方をイメージしにくいものですよね。

そんな「徐に」の正しい読み方は……

「おもむろに」です。

「徐に(おもむろに)ポケットから煙草を取り出す」などといったように
使われます。「じょに」と読むのは誤りですよ。


2.「夙に」

現在では地名などに使われている「夙」ですが、「夙」という漢字自体、
あまり目にしたことがないという人もいるかもしれません。

「夙に」には「朝早く」「早くから」「前々から」といった意味があり、
たとえば「彼の伝説は夙に知られている」のような使われ方をします。

そんな「夙に」の正しい読み方は……

「つとに」です。

「夙」は読み方もそうですが、漢字自体も「凧」などと間違われやすいため、
漢字の書き方についても覚えておくと良いでしょう。


3.「乃ち」

「乃ち」という言葉は、その前の文章を言い直す時に使われます。
たとえば「私のパソコンも、彼のパソコンも壊れている。
乃ち、この部署で壊れているパソコンは計2台だ」というように使う言葉です。

また、そのほかにも「ただちに」「そこで」といった意味もありますよ。

そんな「乃ち」の正しい読み方は……

「すなわち」です。

ちなみに「すなわち」には複数の漢字表記があります。今回ご紹介した
「乃ち」のほかに、「即ち」や「則ち」と表記されることもありますよ。


4.「漫ろ」

素直に読めば「まんろ」ですが……、「まんろ」では不正解な「漫ろ」。

「漫ろ」とは「なんとなく心の進むさま」や「これといった理由もなく」
という意味を表す言葉です。よく「気も漫ろ」といった使われ方をします。

そんな「漫ろ」の正しい読み方は……

「そぞろ」です。

また、意味は「そぞろ」と同じですが「すずろ」とも読みますよ。

一文字の漢字、あなたはいくつ読めましたか? 
普段何気なく使っている言葉でも、漢字表記になると読み間違えてしまう
人は少なくありません。

そんな難読漢字をすらすら読むことができたら、周りの人たちに知的な
印象を与えられることができるでしょう。

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古き良き時代のなごり お辞儀 [伝統文化]


相手に向かって腰を折り曲げる動作は謙虚、感謝、敬意などを表すが
残念ながら、このような習慣は現代中国社会では受け継がれていない。

--
日本ではどこにでもある光景のお辞儀は、自らの傲慢心を抑え、腰を低くする
ことによって、謙虚、誠実な気持ちを持たせてくれる。

--
荒んだ世の中にあって人間関係の一つの潤滑剤とも言えるお辞儀、
今一度人間関係の原点に立って考えてみたいものです。

---
2019年08月22日
古き良き時代のなごり 日本のお辞儀
大紀元

日本ではお辞儀を見ない日はありません。お辞儀は日本を代表する習慣となって
います。

幼稚園の正門前に、出迎えてくださる園長先生に体を深く曲げて、「お早うござい
ます!」と無邪気に挨拶する園児、そして授業の前に「起立! 気をつけ、礼!」
と先生に頭を下げて挨拶する小学生、日本ではどこにでもある光景ではないでし
ょうか?

子供たちは何も考えずに、ただ言われた通りに素直にやっているだけかもしれま
せんが、しかし、そうしているうちに、頭を下げて挨拶し、お辞儀をすることが
自然と身に付いていきます。


しかし、そもそもなぜお辞儀をするのでしょうか?

相手に向かって腰を折り曲げる動作は謙虚、感謝、敬意などを表すのだそうです。
中国の春秋戦国時代の『礼儀・聘礼(へいれい)』という書物の中に、鞠躬(きっ
きゅう)つまりお辞儀するという言葉がありました。

当時の人々は祝典などの儀式に参加する時、体を低くし、折り屈(かが)めて礼
をしたそうです。そして、唐の時代になると、人々は頭を下げ、体を曲げて礼を
するのが一般的となりました。

お辞儀をすることは人々の身だしなみや社会全体の教養水準を表していました。


しかし、残念ながら、このような習慣は現代中国社会では受け継がれていません。
お辞儀はあくまでも文献上の存在でしかなく、人々の日常生活には浸透していませ
ん。

生活の中で、私達はよく言葉を用いて相手に感謝や敬意を表しますが、実は、体の
表現は言葉以上に伝わる場合があります。

何しろお辞儀をすれば、相手に敬意を表し、好感を与え、互いの関係を和やかに
します。それだけではなく、お辞儀は自らの傲慢心を抑え、腰を低くすることによ
って、謙虚、誠実な気持ちを持たせます。


「相は心より生じる」と言われますが、心によって異なる外見が生まれます。
傲慢な人、他人を軽蔑する人は頭を下げないでしょう。

一方、人を尊敬し、自然に敬意を払い、いつも感謝の気持ちを持っている人は
自然と謙虚になり、へりくだります。

頭を下げる人こそ、心が豊かで教養のある人ではないでしょうか。

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ハンカチとは日本特有の文化だった [伝統文化]


子どもたちがいま知っているハンカチはハンカチ型のタオル、
子どもにとってハンカチの常識が変わってきていた。

ハンカチのタオル化の波は、大人の世界にも押し寄せている。

--
デザインがされていて、素材もいろんなものがあるハンカチは世界でも 
日本だけと、ハンカチは日本特有の文化だった。

そんなハンカチだが、従来の布ハンカチにタオルハンカチが加わり
日本特有の文化のハンカチに広がりをみせている。

---
ハンカチ wiki

ハンカチ(handkerchief)とは、主に身だしなみとして日常的に用いられる、
通常は四辺を一にする正方形の布のことで、ハンカチーフの省略形である。
手巾(しゅきん)とも書く。

元は発音そのままにハンケチーフと呼ばれ、ハンケチと略称されていた。
日本におけるハンカチの普及は、洋装が導入された明治時代以降である。

---
2019/07/28
外国人はなぜ使わない?
ハンカチとは日本特有の文化だった
news.goo

ハンカチを“知らない”子どもたち

夏も本格化し、汗拭きのためのハンカチやタオルを手放せない季節になった。
忘れようものなら大変なことになる。

そもそも日本では小学校の頃から、「ハンカチとポケットティッシュは忘れない
ように」と毎日のように携帯することを確認されたものだ。

もちろん今の子どもたちも常にそう注意されているのだろうが、ある日、小学生
になる私の子どもにハンカチを見せると「なにこれ?」と言われた。

「これがハンカチなんだよ」と諭すと「えーこんな薄い布じゃふけないよ」と
笑っていた。

そう。子どもたちがいま知っているハンカチはハンカチ型のタオル、いわゆる
「タオルハンカチ」なのだ。

いつのまにか子どもにとってハンカチの常識が変わってきていたのである。

実際、記者もいわゆるタオルハンカチや若干おおぶりのフェイスタオルをかれ
これ15年は日常的に持ち歩いている。

ハンカチは持っているのだが、ほぼ持ち歩かない。数えてみたら現役のタオルハ
ンカチは20枚近くあった。

突如として芽生えたエコ意識により、会社のトイレで紙タオルを使用しない方針
にしたので、ハンドタオルを常備することにしたのがきっかけである。

もちろんハンカチのタオル化の波は、大人の世界にも押し寄せている。

かつては会社員に高級なハンカチやネクタイをプレゼントするのは定番だったも
のだが、最近はハンカチと同じくらいの厚さでスーツのポケットに入れても恥ず
かしくないタオルハンカチも広く売られている。


布地よりタオル地に売上は逆転

 ――特定社の意見に偏らないようにとハンカチの業界団体の方に話を聞こうと
したのですが、見つからなくて。

「大手メーカーは私どもともう一社ありますが、販売に関するデータはあまり変
らないと思います」

 ――そうですか。それでは、子どもたちの間でハンカチに対する認識が変わっ
てきたという認識はおありでしたか。

「百貨店などのハンカチ売り場においてある商品は私たちが考える布帛(ふはく、
布)ハンカチというものと、タオルのハンカチがあります。

以前は布帛のハンカチが多かったのですが、タオル地の扱いが多くなっており、
枚数で言いますとタオルのほうが多くなっている実感はあります」

 ――やはりそうなんですね。業界では布ハンカチではなく布帛ハンカチと言う
のですね。

「ただ幼稚園から小学校にあがるくらいのお子さんだと、まだ布の小さなハンカチ
のほうが出ています。メンズでもやはりまだ布帛ハンカチのほうが数は出ていま
す。ただ傾向としてはタオル地が増加しています。

10年前の2008年では布ハンカチが51%、タオルハンカチが49%でしたが、
2018年はタオルが53%、ハンカチが47%と逆転しています。タオル地に流れて
いることは強く実感しています」


ハンカチはガラパゴス文化だった

 ――文化としてのハンカチを残さなければならないという理屈はすべての文化
に言えてしまうわけですが、ハンカチを残さなければならない合理的な理由とし
てどのようなものがあるのでしょうか。

「やはり文化です。もともとヨーロッパで生まれたハンカチが日本に渡ってきて
日本の文化として根付いています。

日本には手ぬぐいがあって、日本人には手を拭くという習慣があります。手ぬぐ
いでモノを縛ったりとか。

その手ぬぐい文化が西洋の文化と結びつきました。キレイ好きな日本人のたしな
みの一つになったんですね」

 ――ハンカチって海外でも使われている思うのですが、日本ではかなりガラパ
ゴス的に進化したということですか。

「そうです。西洋では鼻をふいたりする場合に使われているだけですが、日本で
はどうしても手を拭きたいとなったんですね。

手ぬぐい文化からの流れもあって、紙でふくよりも布でふくとなったんです。
当時は紙も貴重だったのでしょう。

あと、日本ではお世話になるとちょっとしたものを贈るという独特の贈り物文化
がありますので、ちょうどハンカチの価格帯やサイズ感がはまったということが
普及した理由としては一番大きいのでしょう」

 ――繰り返してお聞きしてしまうのですが、ハンカチって西洋と日本ではず
いぶん違う扱いのようですね。

「はい。ロンドンやパリでもスカーフ売り場の隅に小さくハンカチ売り場がある
だけで、一般市民の方で使っているかたはほとんどいません。

使うとしても、ちょっとだけ縫製している布切れを鼻紙代わりに使うためにポケ
ットに突っ込んでいるくらいです。

デザインがされていて、素材もいろんなものがあるハンカチは世界でも 
日本だけです」




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京都を恋してしまう中国人 [伝統文化]


日本の文化の多くは大陸、朝鮮半島から来たものだと言われているが
海を隔てているため、独特の道をたどり影響の受け方がちがっている。

そのせいか、京都を恋してしまう中国人が多いのかも知れない。

「古風を味わうという程度の中国の倣古街とは全くレベルが違い、京都は観光客を
古代の美の中に溶け込ませることができると絶賛」

---
2019/07/02
初めての旅行で京都を恋してしまう中国人
見飽きることのない美が漂う=中国メディア
gunosy

近年、中国各地の観光都市で「倣古街」と呼ばれる観光スポットが増えている。

倣古街は街の一画に存在する古風様式の建造物群のなかで、その地域の特産物や
伝統工芸品また伝統的な食べ物を販売し、観光客を引き寄せて消費を促そうとす
る商店街だ。

しかし、中国メディアの今日頭条は1日、京都の古典建築はまるで唐や宋の時代
にタイムスリップしたかのようだと論じる記事を掲載し、古風を味わうという程
度の中国の倣古街とは全くレベルが違い、京都は観光客を古代の美の中に溶け込
ませることができると絶賛した。


記事は、日本には東京や大阪などの有名な観光地があるが、日本文化の美を体験
したいなら「京都を見逃すという選択肢はない」と説明、京都の古典建築や景勝
地は唐詩や宋詞が描く当時の美をそのまま体現しているとし、初めての旅行です
ぐに京都に恋してしまう中国人は少なくないことを紹介した。

また、古典建築の美と同じくらい重要なのが和服の美しさであり、和服体験を楽
しむ数多くの観光客自身が京都の美しい風景の一部となっていると絶賛、和服は
「非常に美しく」、

その後ろ姿にさえ何度見ても見飽きることのない美が漂うと説明、こうした伝統
的な衣装の美も人を古代にタイムスリップさせる重要な要素であるという見方を
示した。

京都に実際に足を運び、その街のたたずまいを見て、思い描いていた古代中国を
まさに見ているかのような衝撃を受けたという中国人もいる。

古代の美しい建築物や文化を保存することは、新しい文化や建築物を創造してい
くことと同じくらい難しいことと言えるだろう。

それゆえ京都は日本人にとっても中国人にとっても非常に歴史的価値のある観光
地なのだ。

---
2019年01月21日
中国伝統文化と日本 大紀元

東アジアの海の上という、おもしろい位置に日本がある。

「おもしろい」と言ったのは、大国である中国の隣国の一つでありながら、海を
隔てているせいかその影響の受け方が地続きの国とはまた違った、独特の道をた
どってきたからだ。

中国文化の受容という面においても、意識的にそうしたかどうかは不明だが、日本
は興味深い方法をとった。

その方法とは、言わば「日本家屋の縁側方式」である。つまり、外から運ばれてき
た畑の収穫物などを、一度縁側に置き、そこで取捨選択あるいは多少加工してから
室内に入れるという二段階方式をとったのだ。

取捨選択といっても厳格に選別したわけではないので、多くのものは日本に輸入さ
れたが入らなかったものもある。


---
東アジアの海の上に位置する日本
voice74

東アジアの海の上に位置する日本は
上空の寒気団は別として、地上に近い層の寒気は日本海の上を渡ってくるため
海の温度により温められ、地上に近い層は大陸のように諸に寒気に晒されることが
ない。

この日本海という存在が、気候のみならず「文化」の流れにも影響を与えていた。
「海を隔てているせいかその影響の受け方が地続きの国とはまた違った、
独特の道をたどってきた」

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興味深い言語現象 [伝統文化]


日常生活で何気なく使っている物、言葉だが、言われてみると
確かに何かおかしい・・
時代と共にその意味合いが変わって来ている、そんな「茶碗」「筆箱」
などについての話だ。 その名称だけが昔のままという不思議・・

--
この類いは「茶碗」「筆箱」に限らず色々とありそうだし
これからも出てきそうだ。

経緯の知ってる日本人ならまだしも、外国人にとっては意味不明?だが
英語圏でもこのような言語現象が起きていると想像する。

---
2019.06.13
お茶を入れない「茶碗」
筆が入ってない「筆箱」の意外な共通点
mag2

児童、生徒たちが日常の筆記具として筆を使うことは激減しても、文房具として
の「筆箱」はいまも誰もが学校へ持っていく物なのではないでしょうか。

そして、学校に着いたら「下駄箱」から上履きを出し、履いてきた靴を入れる。
そんなどこにでもある日常ですが、メルマガ『8人ばなし』の著者・山崎勝義さん
は思います。なぜ、筆も下駄も使わないのに、「筆箱」、「下駄箱」の言葉は変
わらないのか、と。


茶碗に茶が入っていないこと

茶碗
筆箱
下駄箱
歯磨き粉

実体と名称にズレがあっても猶そのまま違和感なく通用している名詞の例である。
具体的に説明すれば「茶碗」は飯を装う器である。

茶を入れるのはお茶漬けの時くらいである。その器が茶専用であることを明示す
るには「湯呑み」あるいは「湯呑み茶碗」といったように回りくどい言い方をす
るしかない。

また今では「筆箱」に筆が入っていることはないし「下駄箱」に下駄が収まって
いることも滅多にない。「歯磨き粉」に関しては粉状の物を実際に見た人の方が
遙かに少ない。

自分も記憶する限りにおいてはチューブに入ったペースト状の物しか使ったこと
がない。こういった実際にもかかわらず何故違和感がないのであろうか。

ここで改めて上記名詞群を見直してみる。すると、それらにいくつかの共通点が
あることが分かるのである。まず基本的にはどれも毎日使う物であるということ
が挙げられる。

そのために言い改める、あるいは言い換える機会を終に与えられず、昨日の記憶
のままにそれまでの呼称を今日も続けることとなるのである。
これが1年に1度使うかどうかの物であったなら事情は違ってきたのかもしれない。

さらにこれらの名詞が、2つ(あるいはそれ以上)の名詞が複合することでできて
いるというところも興味深い共通点である。

茶碗(茶・碗)
筆箱(筆・箱)
下駄箱(下駄・箱)
歯磨き粉(歯磨き・粉)

というように分解することができるのである。

これはどういうことかと言うと、二つの名詞が表す概念のうちどちらか一方
(例えば「茶」「筆」「下駄」「粉」)が実体とは変わってしまっても、

残りの一方(例えば「碗」「箱」「歯磨き」)が依然としてその概念表現機能を
果たし続けるために名詞全体としての意味が損なわれない、ということである。

簡単に言うと、茶を入れようが飯を入れようが「碗」としての機能は変わらない。
変わらないから使い方の一つのあり様として受け容れられるのである。

それは「箱」に筆を入れようがペンを入れようが文房具には変わりなく、下駄を
入れようが靴を入れようが履物の収納家具には変わりないのと同じである。

また「歯磨き」をするに当たって、その歯磨剤が粉状であってもペースト状であ
っても歯を磨くという行為自体は変わらない。
これも変わらないから受け容れられるのである。

さらに「茶碗」「筆箱」「下駄箱」に関して言えば、入れられる物(茶・筆・下駄
)と入れる物(碗・箱)という関係が成り立つことも興味深い。


というのも、近年似たような言語現象が起こったからである。例えば数十年前、
音楽メディアはレコードからCDに変わった。にもかかわらず依然としてそれを制
作する会社は「レコード会社」と呼ばれている。

加えてそれを販売する店を「レコード店(屋)」と言うことも今では少数派かも
しれないがあるにはある。

また今世紀に入って映像メディアはビデオからDVD、さらにはBDへと変わったが、
それを貸し出す店は変わらず「レンタルビデオ店」のままである。

上記2例においても、取り扱われる物(レコード・ビデオ)と取り扱うもの
(会社・店)という関係を見出すことができる。おそらく「茶碗」等と同じ理屈
であろう。

このような言語現象は、その名詞が表す物に対する我々の親疎の気持ちを表して
いるようでどこか面白い。

そこで今、敢えて身近な物で予想してみる。将来あらゆる書籍が電子化された場合
、本がほとんど並んでいない「本棚」が出て来るのではないだろうか。

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あなたの知らない「タラ」 [伝統文化]


日本とニューファンドランドの不思議なつながり、「干し塩ダラ」

保存食として加工する魚の「タラ」が、カナダのニューファンドランドに
つながり、処女航海に出た豪華客船タイタニック号ともつながる。

これが童話作家 宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」にも出てくるという。
処女航海に出た豪華客船タイタニック号が沈没した場所こそがニューファ
ンドランド沖だという。

「タイタニック号を沈めた氷山は、ニューファンドランドの北に位置するグリー
ンランドから、ラブラドール海流という寒流に乗って運ばれてくる」

ラブラドール海流とメキシコ湾流という暖流がぶつかりあっているところに
世界屈指の好漁場、そこにコッドと呼ばれる「タラ」、島の代名詞と言える魚が。

--
大航海時代を開いたスペインやポルトガルがこの「タラ」、「干し塩ダラ」を
保存食にしていたことにつながっていく。

もしこの「タラ」がいなかったらポルトガルが伝える火縄銃は・・
と、世界史上にとんでもなく重要な役割を果たしていたことに気付く。


---
あなたの知らない「タラ」
ナショジオ

カナダ最東端の島、ニューファンドランドと言っても、イメージのわく人はあま
りいないかもしれない。しかし、この島は知らなくても、童話作家 宮澤賢治の
ことは多くの人が知っているだろう。

賢治が残した物語の中に、『ビジテリアン大祭』という作品がある。世界中の菜
食主義者がひとところに集まって世界大会を開催する、というのが物語の設定。

その開催場所がなんと、カナダのニューファンドランドなのだ。そして日本代表
である主人公は、この島に実在する小さな港町トリニティに船で到着し、そこから
歩いて大会会場に向かうのだ。

インターネットどころかテレビすらない時代に、賢治はどうやってカナダ最東端
の島のことを知ったのだろう。僕は学者ではないので、こうした疑問に明確な答
えを示すことはできないが、仮説なら立てられる。そのための手がかりが賢治の
代表作『銀河鉄道の夜』に残されていた。

主人公のジョバンニが乗る銀河鉄道に、黒い洋服を着た背の高い青年と、女の子
と男の子の姉弟が乗り込んでくる。その青年は自分たち3人の境遇について、乗っ
ていた船が氷山にぶつかって沈んだ、と説明するのだ。

そう聞いて思いつく海難事故がある。1912年、イギリスからアメリカのニューヨー
クに向けて処女航海に出た豪華客船タイタニック号は、氷山と衝突して沈没した。
その場所こそ、ニューファンドランド沖なのだ。



タイタニック号を沈めた氷山は、ニューファンドランドの北に位置するグリーン
ランドから、ラブラドール海流という寒流に乗って運ばれてくる。

この氷山とタイタニック号の衝突というニュースを、岩手県花巻市で暮らす賢治
は新聞で読んだのだろう。このショッキングな事故から何らかのインスピレーシ
ョンを得て、賢治は『銀河鉄道の夜』に、その乗船客を思わせる3人を登場させた
に違いない。

さらに僕の仮説を続けると、賢治はタイタニック号が沈んだ場所を探し、図書
館で目を皿のようにして地図を見つめたのではないだろうか。その賢治の目に飛
び込んできたニューファンドランドとトリニティの文字。

地名はカタカナではなく、英語で記されていたのだろうと思う。「Newfoundland」
とは文字通り、新たに見つけられた土地であり、「Trinity」とはキリスト教の教
えである「三位一体」を意味する。

賢治は、タイタニック号沈没の年に修学旅行で宮城県の松島を訪れ、生まれて初
めて海を見ている。衝撃的な海難事故と、目に焼き付いた初めての海。その海の
はるか先にある、新世界を思わせる島と、宗教性を帯びた名を持つ港町。

こうした偶然が相まって、賢治は『ビジテリアン大祭』の舞台をニューファンド
ランドと決め、主人公の乗る船をトリニティに入港させたのではないか。

これはあくまで僕の仮説にすぎない。しかし、賢治とニューファンドランド、
日本とニューファンドランドの不思議なつながりを感じずにはいられないのだ。


ニューファンドランド沖では、氷山を運んでくるラブラドール海流と、南から北上
してくるメキシコ湾流という暖流がぶつかりあっている。だからこの海は魚種も
プランクトンも豊富で、世界屈指の好漁場として知られている。
その中でも、コッドと呼ばれる「タラ」こそが、島の代名詞と言える魚だ。


実は大航海時代を開いたスペインやポルトガルは、無尽蔵と思われるほど豊富な
ニューファンドランドのコッドを保存食にして船に積み込み、何カ月にも及ぶ航海
へと漕ぎ出していた。

コッドが優れた保存食になるのは、その身にほとんど脂をまとっていないからだ。
コッドは頭を落とし、内臓や背骨を取り除いて身を開くと、二等辺三角形の白い切
り身になる。

これに塩をまぶして固く干し上げると、長期保存が可能な「干し塩ダラ」に変身
する。

この干し塩ダラはバカリャウと呼ばれ、今でもポルトガルの国民食として愛され
ている。コッドが大航海時代を支えた証拠に、ポルトガルがかつて支配した中国
マカオには今も数々のバカリャウ料理が伝えられている。

ニューファンドランド沖のコッドがいなければ、大航海時代はこれほどまでにダイ
ナミックなものとなっていなかったかもしれない。

とすると、日本の戦国時代の戦い方を一変させた火縄銃はポルトガルによって日本
にもたらされなかったかもしれない。

フランシスコ・ザビエルも日本に来なかったかもしれない。コッドという地味な
魚は、世界史上とんでもなく重要な役割を果たしているのだ。

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謎の海洋民族 モーケン [伝統文化]


ナマコを燻したものを売って現金収入を得て船の燃料を購入するなど、
資本主義社会と無関係ではない生活をしているモーケン族。

「ミャンマーとタイの政府はモーケン族を文化的に同化させようと試みてきたが、
その成果は限られたもの」と言われているが、資本主義社会による海の幸の乱獲
によって海での本来の生活が出来なくなっている。


政府は陸に定着させ管理しようとしているが、厳しい現実と向き合い
海と共に生きているモーケン族。NHKスペシャルでも紹介されている。

--
ふた
2012/11/25
謎の海洋民族 モーケン


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モーケン族 wiki

モーケン族(Moken)とは、ほぼ一年中海上で過ごす海洋民族。
モーケンやモーケン人とも呼ばれる。

モーケンは自称で、ビルマ語ではサロン族と呼ばれる。
別名「海のジプシー」。

ただし「海のジプシー」という呼び名は東南アジアのいくつかの民族集団の総称
であり、モーケン族のみを意味するものではない。

オーストロネシア語族に属するモーケン語(英語版)の他、
タイ語やミャンマー語を使用する。


居住地

アンダマン海、タイ王国、ミャンマー、メルギー諸島(英語版)の近海に
暮らしている。ミャンマーとタイの政府はモーケン族を文化的に同化させようと
試みてきたが、その成果は限られたものである。

1990年の報告によると、ミャンマーの軍事政権は一部のモーケン族を陸地に
強制移住させたという


生活

主に、カバンと呼ばれる家船(えぶね)に住んでいて、見知らぬものと出会うこと
を恐れている。しかし最近はミャンマー政府の政策により、海岸で定住生活をさ
せられている者もある。

また、陸上での狩猟にも意外と長けている。ナマコを燻したものを売って
現金収入を得て船の燃料を購入するなど、資本主義社会と無関係ではない生活を
している。

一方で、その資本主義社会からやってくる商業船団によって魚介類を根こそぎもっ
ていかれてしまうなど、生活が苦しくなってきている。

海を強く意識しているため、いくつかの地域のモーケン族は2004年12月のスマトラ
島沖地震の際に津波の前兆をつかんでいたが、タイ・パンガー県のタプタワンなど
沿岸部の村々では住宅やカバンに対する深刻な打撃に苦しめられた。

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