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京都を恋してしまう中国人 [伝統文化]


日本の文化の多くは大陸、朝鮮半島から来たものだと言われているが
海を隔てているため、独特の道をたどり影響の受け方がちがっている。

そのせいか、京都を恋してしまう中国人が多いのかも知れない。

「古風を味わうという程度の中国の倣古街とは全くレベルが違い、京都は観光客を
古代の美の中に溶け込ませることができると絶賛」

---
2019/07/02
初めての旅行で京都を恋してしまう中国人
見飽きることのない美が漂う=中国メディア
gunosy

近年、中国各地の観光都市で「倣古街」と呼ばれる観光スポットが増えている。

倣古街は街の一画に存在する古風様式の建造物群のなかで、その地域の特産物や
伝統工芸品また伝統的な食べ物を販売し、観光客を引き寄せて消費を促そうとす
る商店街だ。

しかし、中国メディアの今日頭条は1日、京都の古典建築はまるで唐や宋の時代
にタイムスリップしたかのようだと論じる記事を掲載し、古風を味わうという程
度の中国の倣古街とは全くレベルが違い、京都は観光客を古代の美の中に溶け込
ませることができると絶賛した。


記事は、日本には東京や大阪などの有名な観光地があるが、日本文化の美を体験
したいなら「京都を見逃すという選択肢はない」と説明、京都の古典建築や景勝
地は唐詩や宋詞が描く当時の美をそのまま体現しているとし、初めての旅行です
ぐに京都に恋してしまう中国人は少なくないことを紹介した。

また、古典建築の美と同じくらい重要なのが和服の美しさであり、和服体験を楽
しむ数多くの観光客自身が京都の美しい風景の一部となっていると絶賛、和服は
「非常に美しく」、

その後ろ姿にさえ何度見ても見飽きることのない美が漂うと説明、こうした伝統
的な衣装の美も人を古代にタイムスリップさせる重要な要素であるという見方を
示した。

京都に実際に足を運び、その街のたたずまいを見て、思い描いていた古代中国を
まさに見ているかのような衝撃を受けたという中国人もいる。

古代の美しい建築物や文化を保存することは、新しい文化や建築物を創造してい
くことと同じくらい難しいことと言えるだろう。

それゆえ京都は日本人にとっても中国人にとっても非常に歴史的価値のある観光
地なのだ。

---
2019年01月21日
中国伝統文化と日本 大紀元

東アジアの海の上という、おもしろい位置に日本がある。

「おもしろい」と言ったのは、大国である中国の隣国の一つでありながら、海を
隔てているせいかその影響の受け方が地続きの国とはまた違った、独特の道をた
どってきたからだ。

中国文化の受容という面においても、意識的にそうしたかどうかは不明だが、日本
は興味深い方法をとった。

その方法とは、言わば「日本家屋の縁側方式」である。つまり、外から運ばれてき
た畑の収穫物などを、一度縁側に置き、そこで取捨選択あるいは多少加工してから
室内に入れるという二段階方式をとったのだ。

取捨選択といっても厳格に選別したわけではないので、多くのものは日本に輸入さ
れたが入らなかったものもある。


---
東アジアの海の上に位置する日本
voice74

東アジアの海の上に位置する日本は
上空の寒気団は別として、地上に近い層の寒気は日本海の上を渡ってくるため
海の温度により温められ、地上に近い層は大陸のように諸に寒気に晒されることが
ない。

この日本海という存在が、気候のみならず「文化」の流れにも影響を与えていた。
「海を隔てているせいかその影響の受け方が地続きの国とはまた違った、
独特の道をたどってきた」

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興味深い言語現象 [伝統文化]


日常生活で何気なく使っている物、言葉だが、言われてみると
確かに何かおかしい・・
時代と共にその意味合いが変わって来ている、そんな「茶碗」「筆箱」
などについての話だ。 その名称だけが昔のままという不思議・・

--
この類いは「茶碗」「筆箱」に限らず色々とありそうだし
これからも出てきそうだ。

経緯の知ってる日本人ならまだしも、外国人にとっては意味不明?だが
英語圏でもこのような言語現象が起きていると想像する。

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2019.06.13
お茶を入れない「茶碗」
筆が入ってない「筆箱」の意外な共通点
mag2

児童、生徒たちが日常の筆記具として筆を使うことは激減しても、文房具として
の「筆箱」はいまも誰もが学校へ持っていく物なのではないでしょうか。

そして、学校に着いたら「下駄箱」から上履きを出し、履いてきた靴を入れる。
そんなどこにでもある日常ですが、メルマガ『8人ばなし』の著者・山崎勝義さん
は思います。なぜ、筆も下駄も使わないのに、「筆箱」、「下駄箱」の言葉は変
わらないのか、と。


茶碗に茶が入っていないこと

茶碗
筆箱
下駄箱
歯磨き粉

実体と名称にズレがあっても猶そのまま違和感なく通用している名詞の例である。
具体的に説明すれば「茶碗」は飯を装う器である。

茶を入れるのはお茶漬けの時くらいである。その器が茶専用であることを明示す
るには「湯呑み」あるいは「湯呑み茶碗」といったように回りくどい言い方をす
るしかない。

また今では「筆箱」に筆が入っていることはないし「下駄箱」に下駄が収まって
いることも滅多にない。「歯磨き粉」に関しては粉状の物を実際に見た人の方が
遙かに少ない。

自分も記憶する限りにおいてはチューブに入ったペースト状の物しか使ったこと
がない。こういった実際にもかかわらず何故違和感がないのであろうか。

ここで改めて上記名詞群を見直してみる。すると、それらにいくつかの共通点が
あることが分かるのである。まず基本的にはどれも毎日使う物であるということ
が挙げられる。

そのために言い改める、あるいは言い換える機会を終に与えられず、昨日の記憶
のままにそれまでの呼称を今日も続けることとなるのである。
これが1年に1度使うかどうかの物であったなら事情は違ってきたのかもしれない。

さらにこれらの名詞が、2つ(あるいはそれ以上)の名詞が複合することでできて
いるというところも興味深い共通点である。

茶碗(茶・碗)
筆箱(筆・箱)
下駄箱(下駄・箱)
歯磨き粉(歯磨き・粉)

というように分解することができるのである。

これはどういうことかと言うと、二つの名詞が表す概念のうちどちらか一方
(例えば「茶」「筆」「下駄」「粉」)が実体とは変わってしまっても、

残りの一方(例えば「碗」「箱」「歯磨き」)が依然としてその概念表現機能を
果たし続けるために名詞全体としての意味が損なわれない、ということである。

簡単に言うと、茶を入れようが飯を入れようが「碗」としての機能は変わらない。
変わらないから使い方の一つのあり様として受け容れられるのである。

それは「箱」に筆を入れようがペンを入れようが文房具には変わりなく、下駄を
入れようが靴を入れようが履物の収納家具には変わりないのと同じである。

また「歯磨き」をするに当たって、その歯磨剤が粉状であってもペースト状であ
っても歯を磨くという行為自体は変わらない。
これも変わらないから受け容れられるのである。

さらに「茶碗」「筆箱」「下駄箱」に関して言えば、入れられる物(茶・筆・下駄
)と入れる物(碗・箱)という関係が成り立つことも興味深い。


というのも、近年似たような言語現象が起こったからである。例えば数十年前、
音楽メディアはレコードからCDに変わった。にもかかわらず依然としてそれを制
作する会社は「レコード会社」と呼ばれている。

加えてそれを販売する店を「レコード店(屋)」と言うことも今では少数派かも
しれないがあるにはある。

また今世紀に入って映像メディアはビデオからDVD、さらにはBDへと変わったが、
それを貸し出す店は変わらず「レンタルビデオ店」のままである。

上記2例においても、取り扱われる物(レコード・ビデオ)と取り扱うもの
(会社・店)という関係を見出すことができる。おそらく「茶碗」等と同じ理屈
であろう。

このような言語現象は、その名詞が表す物に対する我々の親疎の気持ちを表して
いるようでどこか面白い。

そこで今、敢えて身近な物で予想してみる。将来あらゆる書籍が電子化された場合
、本がほとんど並んでいない「本棚」が出て来るのではないだろうか。

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あなたの知らない「タラ」 [伝統文化]


日本とニューファンドランドの不思議なつながり、「干し塩ダラ」

保存食として加工する魚の「タラ」が、カナダのニューファンドランドに
つながり、処女航海に出た豪華客船タイタニック号ともつながる。

これが童話作家 宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」にも出てくるという。
処女航海に出た豪華客船タイタニック号が沈没した場所こそがニューファ
ンドランド沖だという。

「タイタニック号を沈めた氷山は、ニューファンドランドの北に位置するグリー
ンランドから、ラブラドール海流という寒流に乗って運ばれてくる」

ラブラドール海流とメキシコ湾流という暖流がぶつかりあっているところに
世界屈指の好漁場、そこにコッドと呼ばれる「タラ」、島の代名詞と言える魚が。

--
大航海時代を開いたスペインやポルトガルがこの「タラ」、「干し塩ダラ」を
保存食にしていたことにつながっていく。

もしこの「タラ」がいなかったらポルトガルが伝える火縄銃は・・
と、世界史上にとんでもなく重要な役割を果たしていたことに気付く。


---
あなたの知らない「タラ」
ナショジオ

カナダ最東端の島、ニューファンドランドと言っても、イメージのわく人はあま
りいないかもしれない。しかし、この島は知らなくても、童話作家 宮澤賢治の
ことは多くの人が知っているだろう。

賢治が残した物語の中に、『ビジテリアン大祭』という作品がある。世界中の菜
食主義者がひとところに集まって世界大会を開催する、というのが物語の設定。

その開催場所がなんと、カナダのニューファンドランドなのだ。そして日本代表
である主人公は、この島に実在する小さな港町トリニティに船で到着し、そこから
歩いて大会会場に向かうのだ。

インターネットどころかテレビすらない時代に、賢治はどうやってカナダ最東端
の島のことを知ったのだろう。僕は学者ではないので、こうした疑問に明確な答
えを示すことはできないが、仮説なら立てられる。そのための手がかりが賢治の
代表作『銀河鉄道の夜』に残されていた。

主人公のジョバンニが乗る銀河鉄道に、黒い洋服を着た背の高い青年と、女の子
と男の子の姉弟が乗り込んでくる。その青年は自分たち3人の境遇について、乗っ
ていた船が氷山にぶつかって沈んだ、と説明するのだ。

そう聞いて思いつく海難事故がある。1912年、イギリスからアメリカのニューヨー
クに向けて処女航海に出た豪華客船タイタニック号は、氷山と衝突して沈没した。
その場所こそ、ニューファンドランド沖なのだ。



タイタニック号を沈めた氷山は、ニューファンドランドの北に位置するグリーン
ランドから、ラブラドール海流という寒流に乗って運ばれてくる。

この氷山とタイタニック号の衝突というニュースを、岩手県花巻市で暮らす賢治
は新聞で読んだのだろう。このショッキングな事故から何らかのインスピレーシ
ョンを得て、賢治は『銀河鉄道の夜』に、その乗船客を思わせる3人を登場させた
に違いない。

さらに僕の仮説を続けると、賢治はタイタニック号が沈んだ場所を探し、図書
館で目を皿のようにして地図を見つめたのではないだろうか。その賢治の目に飛
び込んできたニューファンドランドとトリニティの文字。

地名はカタカナではなく、英語で記されていたのだろうと思う。「Newfoundland」
とは文字通り、新たに見つけられた土地であり、「Trinity」とはキリスト教の教
えである「三位一体」を意味する。

賢治は、タイタニック号沈没の年に修学旅行で宮城県の松島を訪れ、生まれて初
めて海を見ている。衝撃的な海難事故と、目に焼き付いた初めての海。その海の
はるか先にある、新世界を思わせる島と、宗教性を帯びた名を持つ港町。

こうした偶然が相まって、賢治は『ビジテリアン大祭』の舞台をニューファンド
ランドと決め、主人公の乗る船をトリニティに入港させたのではないか。

これはあくまで僕の仮説にすぎない。しかし、賢治とニューファンドランド、
日本とニューファンドランドの不思議なつながりを感じずにはいられないのだ。


ニューファンドランド沖では、氷山を運んでくるラブラドール海流と、南から北上
してくるメキシコ湾流という暖流がぶつかりあっている。だからこの海は魚種も
プランクトンも豊富で、世界屈指の好漁場として知られている。
その中でも、コッドと呼ばれる「タラ」こそが、島の代名詞と言える魚だ。


実は大航海時代を開いたスペインやポルトガルは、無尽蔵と思われるほど豊富な
ニューファンドランドのコッドを保存食にして船に積み込み、何カ月にも及ぶ航海
へと漕ぎ出していた。

コッドが優れた保存食になるのは、その身にほとんど脂をまとっていないからだ。
コッドは頭を落とし、内臓や背骨を取り除いて身を開くと、二等辺三角形の白い切
り身になる。

これに塩をまぶして固く干し上げると、長期保存が可能な「干し塩ダラ」に変身
する。

この干し塩ダラはバカリャウと呼ばれ、今でもポルトガルの国民食として愛され
ている。コッドが大航海時代を支えた証拠に、ポルトガルがかつて支配した中国
マカオには今も数々のバカリャウ料理が伝えられている。

ニューファンドランド沖のコッドがいなければ、大航海時代はこれほどまでにダイ
ナミックなものとなっていなかったかもしれない。

とすると、日本の戦国時代の戦い方を一変させた火縄銃はポルトガルによって日本
にもたらされなかったかもしれない。

フランシスコ・ザビエルも日本に来なかったかもしれない。コッドという地味な
魚は、世界史上とんでもなく重要な役割を果たしているのだ。

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謎の海洋民族 モーケン [伝統文化]


ナマコを燻したものを売って現金収入を得て船の燃料を購入するなど、
資本主義社会と無関係ではない生活をしているモーケン族。

「ミャンマーとタイの政府はモーケン族を文化的に同化させようと試みてきたが、
その成果は限られたもの」と言われているが、資本主義社会による海の幸の乱獲
によって海での本来の生活が出来なくなっている。


政府は陸に定着させ管理しようとしているが、厳しい現実と向き合い
海と共に生きているモーケン族。NHKスペシャルでも紹介されている。

--
ふた
2012/11/25
謎の海洋民族 モーケン


---
モーケン族 wiki

モーケン族(Moken)とは、ほぼ一年中海上で過ごす海洋民族。
モーケンやモーケン人とも呼ばれる。

モーケンは自称で、ビルマ語ではサロン族と呼ばれる。
別名「海のジプシー」。

ただし「海のジプシー」という呼び名は東南アジアのいくつかの民族集団の総称
であり、モーケン族のみを意味するものではない。

オーストロネシア語族に属するモーケン語(英語版)の他、
タイ語やミャンマー語を使用する。


居住地

アンダマン海、タイ王国、ミャンマー、メルギー諸島(英語版)の近海に
暮らしている。ミャンマーとタイの政府はモーケン族を文化的に同化させようと
試みてきたが、その成果は限られたものである。

1990年の報告によると、ミャンマーの軍事政権は一部のモーケン族を陸地に
強制移住させたという


生活

主に、カバンと呼ばれる家船(えぶね)に住んでいて、見知らぬものと出会うこと
を恐れている。しかし最近はミャンマー政府の政策により、海岸で定住生活をさ
せられている者もある。

また、陸上での狩猟にも意外と長けている。ナマコを燻したものを売って
現金収入を得て船の燃料を購入するなど、資本主義社会と無関係ではない生活を
している。

一方で、その資本主義社会からやってくる商業船団によって魚介類を根こそぎもっ
ていかれてしまうなど、生活が苦しくなってきている。

海を強く意識しているため、いくつかの地域のモーケン族は2004年12月のスマトラ
島沖地震の際に津波の前兆をつかんでいたが、タイ・パンガー県のタプタワンなど
沿岸部の村々では住宅やカバンに対する深刻な打撃に苦しめられた。

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箸の文化 [伝統文化]


諸説ある日本人に馴染み深い箸。

二本の棒を使って挟むという簡単な作業は、フォークまたは手を使う作業に対して
非常にユニークであり理知的な感じを与える。

指を二本使って挟む作業、二本の棒を使って挟む作業は
力学的に言って非常にシンプルなもので、これを文化にまで織り込んできた
と考えるとおもしろい。

---
2019年04月20日
世界の約3割の人がフォーク、4割が手、残り3割は?
大紀元

世界の人々が食事に使うのは、約3割がフォーク、4割が手、残り3割は? 

答えは、私たち日本人に馴染み深い箸。いつ頃からは箸は使いだされたのだろう
か。石器時代にさかのぼるとの説もあり、銅や金、銀、象牙の箸があったとの古
書の記録にはあるが、竹製や木製が広く使用されたと考えられている。

箸の歴史

人間は箸をいつごろから使い始めたか、確証された説はないが、多くの考古学の
文献には、安陽殷墟(BC1600 – BC1046)の墓から出土した6本の青銅製の箸が一
番古いものとされている。

しかし長江と淮河流域の東部にある龍虯莊(りゅうきゅうそう)新石器時代の遺跡
から出土した42本の骨製の箸は、その歴史を更に3000年早めた。

殷の紂王時代(紀元前1100年ごろ)にすでに象箸(象牙の箸)が使用されており、
歴史の中には金の箸、銀の箸もある。

箸に当たる記述として「箸」「梜」「梜提」「筴」「筯」「快」「快子」「筷子」
「快児」などが用いられることから見れば、昔から箸は主に竹製のものか木製のも
のが一般に使われていたようだ。

箸と麺食文化

食事の道具としては、手を使ったり、さじや小刀を使ったりできるはずだが、
なぜ数千年前の古代に2本の棒のような箸を使う必要があったのか? この問題に
は新しい考古学の発見から答えが得られた。

2005年に約4000年前の青海喇家遺跡(せいかいらつかいせき)から、今まで世界
で最も古い麺の実物が発見された。これらの古い麺は、長くて細く、黄色を呈して
おり、密封した状態で逆さに置かれていた碗の下にあった。

科学者の検証によればこれらの麺はアワとコウリャンの2種類の穀類で製造された
ものと判明した。


箸と民間文化

2本の箸を陰と陽に喩え、手に持って使う時、上に置いて、主動に動くものを陽と
し、下に置いて、受動に動くものを陰とする。2本の箸は陰と陽の相互依存、相互
対立の特性を表している。

民間の文化活動の中でも、箸は重要な役割を演じている。線香のように箸を挿して
天に祀り、仏壇の前に箸を並べて神様を敬う以外に、一部の地域や民族の中で特別
の意味を込めて箸が贈答品として使われている。

恋人に贈れば、2人が永遠に別れないことを表す。新婚の人に贈れば、陰と陽の交
合で早く子供に恵まれるようにという祈りの意味を表す。

友人に贈れば、平等と友愛を表す。高齢者に贈れば、快楽と長寿の意味を表す。
子供に贈れば、早く成長するような意味を込める。

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日本だけが育てた文化 ゴボウ [伝統文化]


日本人は「根菜」野菜をたくさん食べてきて
日本だけが「ゴボウ」を育て文化に発展させたらしい。

世界で日本だけとされるゴボウ栽培。
日本への渡来については、平安時代だとか・・

普段何気なく食してるゴボウ、地味な食材だが
日本の特有性が高い食材、詳しくはリンクでどうぞ。

---
2019.04.12
なぜ日本人だけがゴボウを育て文化に発展させたのか
jbpress

日本人は「根菜」、つまり根や地下茎を食用とする野菜をたくさん食べてきた。
本コラムでも取り上げたダイコンの他、ニンジン、カブ、レンコンなどなど。
土の中で蓄えられる栄養を大切にいただいてきたのだ。

さまざまな根菜の中でも「ゴボウ」ほど、日本の特有性が高い食材はないだろう。
伝来種とされながら、日本でのみゴボウ栽培が発展していった。
また、ゴボウがさまざまな食材として使われているのも日本だけという。

東日本ではきんぴらゴボウ、西日本ではたたきゴボウが、ハレの日にも日常的にも
食べられる。汁物や炒め物の具材、また天ぷらのタネとしても使われる。
今も日本人はゴボウ好きといえよう。



平安時代の古文書に「悪實」「支太支須」という言葉が

ゴボウというと、色や風味からいかにも日本の食材っぽい。
だが、原産地は西アジアから地中海沿岸にかけて。
日本への渡来については、平安時代、薬用として使われていた中国からという説がある。

その一方で、より古く、縄文時代の鳥浜遺跡(福井県)、三内丸山遺跡(青森県)、
忍路土場(おしょろどば)遺跡(北海道)などからゴボウの種子が出土している。
複数方面からの経路があったのかもしれない。

日本の文献に初めてゴボウの記述があったのは、平安時代の昌泰年間(898-901)に成立
した漢和字書『新撰字鏡』において。

「木」の部に「悪實 支太支須乃弥」とある。
「悪實(悪実。あくみ)」は、ゴボウの種子のこと。
また「支太支須(きたきす)」はゴボウの古名だ。


今も使われる「牛蒡」の字については、延喜年間(901-923)に成立した本草書
『本草和名』の第九巻「草中」に「悪實 一名牛蒡(略)和名岐多伊須」とある。

なお、「牛蒡」は、ゴボウのひげ根が牛の尾に似ており、それに草の名前の「蒡」が
ついてできたといわれる。かつては「うまふぶき」とも呼ばれていた。また、「牛房」
と書かれることも多い。


「栽培植物へ」という一大転換

ゴボウが日本人にどのように栽培されるようになったか。その歩みも文献の記述からう
かがえる。

承平年間(931-938)につくられた辞書『倭名類聚抄』に「牛蒡」が出てくるのは
「蔬菜部」の「野菜類」において。この部には「園菜類」もある。

ここから、北海道開拓記念館元学芸部長の山田悟郎氏は、当時のゴボウは畑で栽培され
たものでなく、山野で採られた山菜だったと考えられると推測する。

では、ゴボウが栽培されるようになったのはいつごろか。京都の東寺に伝えられた古文
書『東寺百合文書』には、鎌倉時代中期の1266(文永3)年における丹波国の大山庄領家
の注文事として「牛房五十把」また「山牛房卅本」の記述がある。

ここから「山牛房(やまごぼう)」だけでなく、栽培された「牛房(ごぼう)」も存在
したと見ることができる。

つまり、この2つの文献から、平安中期から鎌倉中期の間に、ゴボウが栽培されるように
なったことが推察できるわけだ。世界で日本だけとされるゴボウ栽培を、まさにこの時期
の日本人が成し遂げたことになる。


江戸期に生まれた滝野川ゴボウが日本各地に広まる

その後、江戸時代にもなると、日本の各地でそれぞれに特徴を持ったゴボウが栽培され
る時代となった。今の千葉県匝瑳市大浦地区に古くから根づいていた「大浦ゴボウ」、
石川県七尾市の沢野婆谷神社の神職が京都からコボウの種を取り寄せて植えたのが始ま
りとされる「沢野ゴボウ」、山口県美祢市美東町の赤土を利用した「美東ゴボウ」などだ


「きんぴら」も「たたき」もハレの日の料理食材だった

食材としてのゴボウにも目を向けてみたい。中国からの影響を受け、当初は日本でも
ゴボウは薬用として使われていたとされる。

料理にゴボウが使われていたことが分かる最古の文献は、平安時代の1146(久安2)年ご
ろ作られた、恒例・臨時の儀式、行事における調度についての記述『類聚雑要抄』にある

1118(元永元)年9月24日に供された宇治平等院御幸御膳のうち「干物五杯」の字の下
に「海松(みる)、青苔(あおのり)、牛房(ごぼう)、川骨(かわほね)、蓮根(はす
のね)」と並んでいる。

その後は、南北朝時代から室町時代にかけて成立したとされる教科書『庭訓往来』の中
で「煮染牛房」と記されている。ゴボウは煮物の材料だったようだ。




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日本の「こうじ」に世界のシェフが夢中 [伝統文化]


麹がすごいのは、材料であると同時に『道具』でもあること
気が付けば西洋料理の世界にも進出していた麹。

食品類の発酵に使われてきた麹菌はすべてを変えるマジックだと言われ
日本再発見の役目を担っている。

--
世界のシェフが夢中の「こうじ」だが、ぬか漬け男子?、と発酵食品ブームを
煽っている国内市場。いずれにしても日本の伝統文化でもある発酵文化が
見直されている兆しでもある。

---
2019年03月28日
肉と麹を合わせる──日本の「こうじ」に世界のシェフが夢中
newsweekjapan

<コペンハーゲンの「ノーマ」など世界の有名レストランで、日本の食材「麹」の味
と働きが斬新な形で活用され始めた>

ノーマといえば、料理の独創性で世界に知られた超有名レストラン。デンマークの首都
コペンハーゲンにある店には発酵の研究部門があり、その責任者ダビド・ジルベールは2、
3日おきに研究室に入り、蒸した大麦を発酵させているトレイを点検する。

けば立ったその表面は、冷蔵庫の奥に眠る食品に生えるカビによく似ている。でもジル
ベールは満足そう。「これが麹(こうじ)、すべてを変えるマジックだ」

日本や東アジアで何千年も前から食品類の発酵に使われてきた麹菌はカビの一種。
正式にはアスペルギルス・オリゼーと言い、通常は穀類で培養される。

日本酒の醸造に使われるだけでなく、今や世界語となったウマミ(旨味)を生み出す源
が麹。気が付けば西洋料理の世界にも進出していた。

「ノーマでは、麹を味付けに使う」とジルベールは言う。「でも麹がすごいのは、材料
であると同時に『道具』でもあることだ。麹が出す酵素はタンパク質を分解するから、
自然と肉を軟らかくしてくれる」

ジルベールだけではない。クリエーティブなシェフたちは麹を、日本の料理人が考えも
しなかった環境で育てている。

「1300年の間、仏教の影響で日本では動物の肉を食べない習慣があった。だから大豆や
小麦などを麹菌で発酵させ、肉代わりのタンパク質として用いてきた」と言うのは、
東京・西麻布の名店レフェルヴェソンスの生江史伸。「ノーマが肉と麹を合わせている
と聞いて、つくづく感心した」

麹に挑戦しているのはノーマだけではない。米サウスカロライナ州チャールストンのマ
ックレディズでは、味噌ペーストに使う麹を乾燥インゲンで育てている。テキサス州オ
ースティンにあるエマー&ライのケビン・フィンクは、チーズケーキのトッピングに麹
のクッキーを砕いて、まぶしている。

スペイン北部のサン・セバスチャンにあるレストラン、ムガリッツのアンドニ・アドゥ
リスの自慢料理は、麹で作ったライスケーキ(餅)だ。「うちの店は食感にこだわるん
だ」とアドゥリスは言う。その濃厚だが軟らかい「麹からできた餅」は、まさしく「フ
レンチトーストのよう」だとか。

西洋料理の世界では、麹はまだ導入が始まったばかりの素材だ。しかし意欲的なシェフ
たちは、見つけたばかりの麹の可能性を豊かに開拓していくに違いない。ジルベールは
言う。「発酵の世界は奥が深い。油で炒めるよりも(麹を加えるほうが)はるかに可能
性がある」

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日本の文化を盗みまくる? [伝統文化]


恐るべき盗みというか、真似の数々
韓国では日本が盗みまくってると洗脳教育されてるかも・・
戦犯ステッカーどうなった?

まさに伝統文化?
このサイトの写真見ると分かりやすい。

---
2018-10-16
韓国は日本の文化を盗みまくる。
kjclub


「韓国のおっさん連中が大ショックを受けること」

鉄腕アトムが日本のアニメだった事


韓国・聯合ニュースは、今年の韓国の子どもの日に最も人気だったプレゼントが日本の
アニメ「妖怪ウォッチ」の関連商品だったと伝えた。


同国内では日本のアニメに関するスレッドが立ち上がり、多くのコメントが寄せられて
いるという。


「最近、ショックを受けたこと」と題されたスレッドでは、「子どもの頃、よく見てい
た『トム・ソーヤの冒険』『太陽の子エステバン』『ふしぎの海のナディア』などは
すべて日本のアニメだと知りショックを受けた。

西洋を舞台した作品を創造するなんて!
日本は今、アニメを通してアジア人の精神を支配している」と書き込まれている。

「子どもの頃、小学校のクラスの中にこれらアニメは全部日本の作品だって言うやつが
いたけど、みんなそいつをうそつきだと言って容赦なく教育してやった」

「70~90年代にテレビで放映されていたアニメは基本的に日本の作品。『ピーター・パ
ン』や『銀河鉄道999』など」

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ぬか漬け男子? [伝統文化]


日本の発酵文化が美容や健康によいとして、発酵食品ブーム
になっている中、ぬか漬けに興味を持つ消費者も増えている。

ぬか漬けがサラダで野菜を摂取する西洋文化より優れた発酵食材で
あると、商戦に期待するメーカーも多いという。

ぬか床を預かり、手入れなどを代わりに行ってくれるところも
あることから、オリジナルの「ぬか漬け」を味わうために、「手入れ」に手間暇惜し
まない方は挑戦してみるといいでしょう。

---
ぬか漬けを始める男性が増加 「ぬか漬け男子」がSNSで話題に
headlines

発酵食品ブームで、ぬか漬けが注目されている。ある量販店では、プライベートブラン
ドのぬか床の売上げがおよそ半年で400倍近く増加しているという。SNSでは「ぬか漬け
男子」という言葉も生まれている。

2019年は年明けから天候に恵まれ、野菜価格も安定。ここ数年、野菜相場に左右された
市場だか、今年の商戦に期待するメーカーは多い。

2018年のいりぬか・漬物の素市場は、金額・数量とも前年比1%減(KSP-POSデータ)で
横ばいだった。春先は野菜価格が安定し、出だしは好調だったが、6月の台風到来で野菜
価格が高騰。後半戦は市場に逆風が吹き、前半ほどの勢いはなかった。野菜が高騰すれば
ぬか漬けをする家庭が減り、天候に左右される商材であることをあらためて実感する年と
なった。

ここ数年の市場の動きで特徴的なのが、若い女性や芸能人が美容や健康を目的にぬか漬け
を始め、ブログやツイッターなどのSNSで公開する動きが増えていることだ。

近年、SNSが市場に与える影響は大きく、ある量販店のプライベートブランドのぬか床が
爆発的ヒットを記録するなど追い風にもなっている。SNSを中心に「ぬか漬け男子」なる
言葉も生まれ、男女問わず、ぬか漬けに興味を持つ消費者が増えている。

東京都目黒区のある店舗では、ぬか漬けを新しく始める消費者のためにぬか床を預かり、
手入れなどを代わりに行ってくれるという。利用客の半分以上は男性で、「小さいころ
味わっていたぬか漬けをもう一度試したいがどうしたら良いか分からない」「オリジナ
ルのぬか漬けを作りたい」などの理由で来店するという。

ぬか漬けを始める男性が増えている理由について「男性は凝り性。ぬか漬けを育てるこ
とに楽しみを見出しているのでは。女性がSNSを目的とするのとはちょっと違う、男性特
有の楽しみ方を見つけているようだ」(メーカー)と分析する。

コンビニやスーパーのチルド売場では、ぬか付きの漬物が売れている実態がある。和食
人気が世界的に広まり、日本の発酵文化が見直されるなど、視点を変えれば市場の伸び
しろは多くある。ぬか漬けが、サラダで野菜を摂取する西洋文化より優れた発酵食材と
して見直されることも想定される。

安易な価格訴求に進まず、ぜいたく、ゆとりといった価値を訴求できるカテゴリーとし
てアピールすることが、業界として必要な作業と考えられる。

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じゃんけんの語源 [伝統文化]


日本国内で「じゃんけん」のことを少し違う言い方をする地方、地域。

この方言のルーツを探っていくと広東語で似た発音もあることから
渡来してきた人の住みついた地域で、大陸の方言の余韻がそのまま残っている
ように思える。

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2019年02月22日
知ってた? じゃんけんの語源
大紀元

「じゃんけん」の語源は未だよくわかっていませんが、代表的なものに「両拳」説が
あります。

中国で古くから行われてきた酒席の遊びに、二人が互いに出す指の数を予想して言い当
てる『猜拳』と言うのがあり、江戸時代に長崎に伝来しました。その『猜拳』でチョキ
を表すものを「両拳(りゃんけん)」と言い、それが訛って「じゃんけん」になったと
いうのです。

長崎方言では、「りんご」→「じんご」、「りょうしん」→「じょうしん」のように、
「り」が「じ」に変化することがあるということからすれば、この「両拳」説はかなり
説得力があります。

もう一つ有力な説は、『大言海』(大槻文彦編、1935)でも採用されている「石拳」説
で、グーを表す「石拳(じゃくけん)」が訛って「じゃんけん」になったというもので
す。

日本語では、子音「k」に挟まれた「u」は落ちて無声化しやすいということから、
「じゃくけん(jakuken)」→「じゃ・けん(jak・ken)」→「じゃんけん(janken)」
と変化したと考えるのです。

栃木には「じゃんけん」を「じゃっけん」と言う地域があるようで、この説も捨てがた
いものがあります。

さらには、「猜拳」説。『猜拳』を広東語で「チャイキュン」のように発音するそうで
すが、大阪や滋賀あたりでは「じゃんけん」のことを「じゃいけん」と言い、

神奈川には「ちょいけん」と呼ぶ地域があるということを考え合わせれば、
この説も「ひょっとしたら」という気になってきます。

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