So-net無料ブログ作成

小柄な女性が溺れている男性を救助! [社会]


川でおぼれている人を助けようとして
本人も溺れてしまうのはよく聞く話だが・・

「泳ぐのが苦手」という小柄な女性が
釣り用のライフジャケットを利用して男性を救助!

ライフジャケットがあったので
自分も安心して川の中に入っていくことができましたと・・

--
2019/05/22
小柄な女性が溺れている男性を救助!そのカギは?
news.goo

先月、川でおぼれていた男性を救助したとして40代の女性が表彰されました。
「泳ぐのが苦手」という女性の背中を押したあるモノとは。

表彰されたのは、熊本市西区二本木の自営業野尻美佐さん(48)です。
野尻さんは先月23日の夕方、自宅にいるときに白川下流で溺れている男性を
発見、現場にかけつけ救助にあたりました。

「最初ベランダに出て(男性に)声をかけた。『大丈夫ですか?』と。
それにまるで反応がなかったので、これはやばいと。
気づいた時には走ってたんですよね。」(野尻美佐さん)

身長157センチと小柄な上に泳ぐのは苦手という野尻さん。
男性を救助しようと持ち出したのは…。
「釣りで使っているライフジャケット」(野尻さん)

野尻さんの趣味は40年以上続けている「釣り」。

近くにあったライフジャケットを着て、もう一枚を手に男性を救助しました。
「自分も安心して川の中に入っていくことができましたし、
何年もここに住んでいるので川の地形がある程度頭の中に入っていたんです」
(野尻さん)

冷静で的確な判断が自分より体が大きい男性の命を救いました。
「(ライフジャケットが)役立つことがあるなんて自分でも思っていなかっ
たです。

一人の命の役に立てたということで驚きとともに、よかったなという安堵感で
いっぱいです」(野尻さん)

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

書店は厳しい状況に [社会]


全国の書店、1990年代末に2万3000店ほどあったのが
2018年時点で1万2000店ほどにまで減少。

本のまちも厳しい出版不況にはあらがえなかった。

--
本屋に行きたくなるような、本を手に取りたくなるような取り組み、
良書と出合う場の創出、文化の薫り高いまちづくりなどでかろうじて命を
繋いでいる感がある。

--
バイク文化がSNSに敗れたという見方もあり、若者の趣味そのものも
変容している今日、「本」という情報源をいかに活用するかという
一つの選択肢になってきている。

--
SNSに敗れたバイク文化 voice74.

電動自転車の普及
「三ない運動」で販売は頭打ちに
パソコンの普及とともに販売台数が急減

他の分野もそうだが、インターネットがここまで影響するとは、
PCが出た当初誰も読めてていなかった。

大きな変革を迫られる自動車業界のように、今まで日本の経済を支えてきた
一つである大きな企業にもそれが波及している。

---
「まちの本屋」がどんどん潰れていく2つの理由
headlines.yahoo

気がつくと、町の書店がまた1つなくなっている。「ここもなくなったのか」。
そんな独り言を、思わずポツリとつぶやいたことのある人は少なくないはずだ。

書店調査会社のアルメディアによれば、1990年代末に2万3000店ほど存在した
全国の書店は、2018年時点で1万2000店ほどにまで減少しているという。
ネット販売や活字離れもあって、書店は厳しい状況に置かれている。

そんな中、書店を活かすことで地域の活性化に取り組んでいる街がある。
その1つが、青森県八戸市だ。同市の小林眞市長は、読書で多くの知識や教養を
得たことから、「本のまち八戸」の推進を2013年の市長選で公約。

2016年12月には、離島を除けば全国で初となる自治体直営の書店「八戸ブックセ
ンター」をオープンさせるなど、市民が良書と出合う場の創出、文化の薫り高い
まちづくりなどを行っている。


「本のまち」さえ青息吐息

同市は、1874(明治7)年に設立された八戸書籍縦覧所を前身とした日本最古の
公営図書館を有しており、青森県出身では初の芥川賞作家である三浦哲郎の出生
地でもあることなどから、「本のまち」としてのバックグラウンドもある。

しかし、本のまちも厳しい出版不況にはあらがえなかった。青森県の「商業統計
調査」によれば、「書籍及び雑誌類小売業」のピークは、1988(昭和63)年6月時点
の317事業所。

その後、2016(平成28)年の統計調査「経済センサス」内の「書籍・雑誌小売業(
古本を除く)」を見ると、89事業者にまで減少している。過去30年弱の間に統計調
査上、青森県内の書店が1/3以下に減っていることからもわかるように、八戸市の
書店も青息吐息だったことがうかがえる。

ところが、「八戸ブックセンター」誕生以降、市民の読書熱は高まり、共鳴する
ように、市内にある古き良き町の書店の中からも、個性的な取り組みが目立つよ
うになってきている。

伊吉書院類家店では、コミック担当の中村深雪さんが手がけるツイートやコミッ
ク紹介のポップ、売場の飾り付けが脚光を浴び、成田本店みなと高台店では、文
芸担当の櫻井美怜さんが手がける手作りのパネル(大型のポップ)が話題を呼んで
いる。

中でも大きな関心を集めている書店が、手描きのポップごと買える「木村書店」
だ。一つひとつ丁寧に手書きで作成された、約100種類のポップ付きの本が鮮やか
に陳列する店内のポップコーナーは圧巻。


「本屋さんならではの魅力」を届けたい

八戸ブックセンターでは、書店員が本の魅力を伝えるトークイベントなども行っ
ている。毎年秋には、ブックセンター主催の本づくしのイベント「八戸ブックフ
ェス」が行われるなど、同施設が市内にある書店と市民をつなぐハブ機能として
も作用している。

敵対するのではなく、町の書店同士がともに盛り上がるために日々、考えている。

「当たり前のことかもしれませんが、本屋さんに行かないと体験できない面白さ
を作り続けていけたら。今はポップが中心ですけど、本屋に行きたくなるような
、本を手に取りたくなるような取り組みをどんどんしていきたいです。

そういうときに、1人ではなく同じ思いを持った本屋があるのは支えになります。
これからも本屋さんならではの魅力を届けていければうれしいです」

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

旧中山道の馬籠峠 外国人に人気 [社会]


古い日本の雰囲気、山や風景などの自然、いろりや畳の休憩場、
宿場町と峠道などが外国人に人気。

外国人の増加は、英国のBBC放送の番組で取り上げられた数年前から
顕著になったという。

---
2019/05/19
日本人そっぽの峠越え、外国人に大人気 英テレビで注目
headlines.yahoo

江戸時代の宿場町の雰囲気が残る長野県南木曽町の妻籠(つまご)宿と、
岐阜県中津川市の馬籠(まごめ)宿。両宿を結ぶ旧中山道の馬籠峠を歩く外国人
ハイカーが、近年増加している。英国のテレビ放送などで知名度が上昇。

2018年度は65の国・地域の人が訪れ、初めて3万人を突破した。
日本人より多い6割超を占めており、まだまだ増えそうな勢いだ。


二つの宿場の距離は約9キロあり、徒歩で約3時間の道のり。
外国人ハイカーは、交通の便の良いJR中津川駅から馬籠宿に入り、妻籠宿まで
歩く人が多いという。

江戸時代の旅が体験できるとして広まり、急な坂道はあるものの、荷物を有料で
運んでもらえるため、身軽に歩けることも人気につながっている。

妻籠宿の住民らでつくる公益財団法人「妻籠を愛する会」は、両宿のほぼ中間地
点にある「一石栃(いちこくとち)立場(たてば)茶屋」を整備。無料でお茶を
振る舞いながら、通過する人数と国籍を調べている。

茶屋は江戸時代後期の民家を改装したもので、いろりや畳の休憩場がある。古い
日本の雰囲気が楽しめることから、多くの人が立ち寄っている。

4月、英国から来たマッチ・ルーヘンさん(31)は「とても美しい宿場町と
峠道だ。昔に戻ったよう」と満喫した様子。

茶屋で出迎える勝野富紀人さん(78)は、今年の秋で10年を迎える。
やかんでお湯を沸かしながら、忙しそうに茶わんを洗う。
ヒノキの笠をかぶり、簡単な会話で対応する。

「単語で通じるんですよ。多くなった外国人に、行き届かないこともあるけど、
笑顔で迎え、笑顔で送り出しています」

外国人の峠越えは、09年度は約5850人だった。それが18年度は約3万14
00人に増え、5倍を超えた。外国人の増加は、英国のBBC放送の番組で取り上
げられた数年前から顕著になったという。

一方、峠を歩く日本人は年々減っていて、18年度は全体の4割を切った。

18年度の65の国・地域のうち、33カ国は英国のほか、フランス、スペイン
、ドイツなどのヨーロッパからだった。妻籠を愛する会の調査では、目的は山や
風景などの自然を楽しむ人が多く、宿場風景、ウォーキング、と続いている。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

クルマの巨大化と道幅に事故発生の要因が存在 [社会]


「歩行者事故を含む自動車事故全般とクルマの大型化の因果関係を考えるこ
とについては、国や地方自治体、そして自動車メーカーにおいても盛んにおこな
われているとはいえません。」


技術革新による安全対策が進んでいるが
道とクルマの大きさの関係について議論することが求められている。

---
2019/05/17
なぜ道幅狭く感じる? クルマの巨大化と道幅に事故発生の要因が存在
headlines.yahoo

クルマがどんどん大きくなったのは「気のせい」ではない

最近発売される新型車には、大きく立派な見た目のクルマが多く存在します。
コンパクトカーであっても、ミニバンのようなデザインを持つクルマが少なく
ありません。


じつは大きく感じるのはユーザーの勘違いではなく、これまでの数十年間で本当
に大きくなっています。道路の幅は変わらないのに、なぜクルマの幅が大きくな
っているのでしょうか。

一般的に乗用車のフルモデルチェンジは5年から6年ほどですが、その度にクルマ
のサイズが大きくなる、といった印象を持っているユーザーも多いのではないで
しょうか。

1960年代から1970年代ごろのクルマと現在のクルマを実際に並べてみると、大き
さの差がはっきり分かります。例として、トヨタのロングセラー車である「カロ
ーラ」で見てみます。

1966年から1970年に発売された初代カローラのボディ寸法は、全長3845mm×全幅
1485mm×全高1380mmです。それに対して、2018年に登場した最新の「カローラス
ポーツ」は、全長4375mm×全幅1790mm×全高1480mm。初代モデルと比べると、長
さではなんと500mm、幅でも300mmも大きくなっています。

ちなみに、初代カローラと同じ時期のトヨタ最上級モデル「クラウン」が全長
4665mm×全幅1690mm×全高1445mmです。当時のフラッグシップモデルと比べても
100mm車幅が広いということが、クルマの大型化の現実なのです。

また、こうした数値上だけの話ではなく、新旧のクルマは大きさ感の違いも大き
いです。

新旧カローラを実車で比べると、ボディの容積がまったく異なります。初代カロ
ーラは前後と左右のガラス部分が大きく、全体的にボディの線は細めとなってい
ます。一方、最新のカローラは全体的に肉厚なデザインで、ややポッチャリした
印象を受ける人もいるのではないでしょうか。

ボディのポッチャリ感の主な理由は、衝突安全に対する規制をクリアするためで
す。車体の内部構造、そしてボディの外板設計による影響が大きいといえます。

また空気力学の観点からは、ボディ全体の形状がスムーズなラインとなることで
ポッチャリとした雰囲気が出てきます。昔のクルマが直線的なデザインだったも
のが、より曲面を強めるデザインに変わってきたのです。

どんどんサイズアップしていく最近のクルマですが、大きくなっても車重が重く
ならないための工夫が施されています。材料の軽量化や車体構造の適正化を行い、
燃費への影響を最小限に食い止めているのです。

こうしたクルマの大型化について、大手自動車メーカーの商品企画担当部門の担
当者は「衝突対応などはもちろんあるが、車内の空間をより大きくして快適性を
上げるため、結果的にクルマが大きくなった」と、これまでの経緯を振り返って
います。


道の広さはあまり変わっていない

こうしてクルマが大型化している傾向にある一方で、クルマが走る道の幅は昔と
変わらないという場合がほとんどです。そうであれば当然、ドライバーから見て
道は狭く感じられます。

たとえば、古い街道沿いで家が道路すれすれにあるような場合、道の狭さを感じ
ながら運転することになります。そうした状況で歩行者や自転車を避ける際、ク
ルマはセンターライン寄りで走ることになりますが、その場合は対向車とのすれ
違いがギリギリとなることは避けられません。

大型化することの弊害は、駐車場でも起きてしまっています。クルマが大きくな
ったことで、ドライバーは知らないうちに運転しずらい環境を強いられていると
いえるのです。

では、道路の幅をもっと広げることはできないのでしょうか。

道路の幅は、幅員(ふくいん)といいます。国には車道に関する既定があり、
そこで決められている交通量や車線の数などを基にした区分によって、幅員は定
められています。

1車線あたりでみると、幅員は基本的に3500mm。最大3750mmで、最小2750mmとし
ています。

つまり、前述した現行カローラスポーツは全幅1790mmですから、幅員3500mmの道
路に対してクルマの横幅が占める割合は5割を超える結果となりました。

こうしたなかで、警視庁は幅員が広い方が歩行者や自転車の死傷事故割合が減少
するというデータを発表しています。

それによると、片側相互通行の車道全体の幅員が5500mm未満では、自転車が45.
3%と最も多く、クルマが23.9%、歩行者が16.5%と続きます。一方、幅員が550
0mm以上の場合はクルマが49.2%となり、自転車が23.4%、歩行者が11.5%まで
低下するのです。

しかし、道路側には道路側の事情がありますから、決められているものをすぐに
変えるわけにはいきません。法規制についても、国土交通省のなかで旧建設省系
の「道路局」が担当している一方で、それとは別に旧運輸省系の「自動車局」も
存在するというのが実情です。

また、歩行者事故を含む自動車事故全般とクルマの大型化の因果関係を考えるこ
とについては、国や地方自治体、そして自動車メーカーにおいても盛んにおこな
われているとはいえません。

ブレーキ性能を含めた車両性能が向上し、いわゆる衝突被害軽減ブレーキを搭載
したクルマも増えている昨今。技術革新による安全対策が進んでいることは確か
ですが、道とクルマの大きさの関係について議論することが求められています。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

FIREムーブメント 米国 [社会]


「私たちは長年、一生懸命働いて、ほかの人たちがお金を“使った”のに対し
私たちは“ためた”のです。これは『FIREムーブメント』と呼ばれています」

仕事ではなく、自分が大事だと思うもののために生きるという考え方。
FIREとは、「経済的自立」と「早期退職」の頭文字。

---
2019年5月3日
アメリカで30代や40代からの早期退職「FIREムーブメント」が話題
news.livedoor

・アメリカで今、30代や40代で早期退職する「FIREムーブメント」が話題だ
・仕事ではなく、自分が大事だと思うもののために生きるという考え方が拡散
・某夫婦は38歳で退職し、山あいの一軒家で2匹の犬と自由に暮らしているそう

米で話題“30代、40代からの早期退職”

アメリカで今、30代や40代で早期退職する人たちが話題を呼んでいる。
「FIRE(ファイア)ムーブメント」と呼ばれるこの動きから、
私たち日本人が学ぶこととは―?

    ◇

アメリカ・カリフォルニア州。私たちが訪ねたのは、マークさんとターニャさん
夫妻。キッチンで、ゆっくりと朝食を作る2人。この日は金曜日の午前9時半。

ターニャさん「今日は仕事に行かなくていいの。今日というか、もう今後、一切ね」


実は、ターニャさんは2年前、38歳のときに夫婦で早期退職した。かつて2人は
、ともに政治コンサルタントとして長時間労働が当たり前の日々を送っていた。
このままでは健康に良くないと感じたことで決断をした。

ターニャさん「私たちは長年、一生懸命働いて、ほかの人たちがお金を“使った”
のに対し私たちは“ためた”のです。これは『FIREムーブメント』と呼ばれて
います」

FIREとは、「経済的自立」と「早期退職」の英語の頭文字を略したもの。
ターニャさんたちは、具体的な金額は秘密としながらも、贅沢をやめ、そのお金を
投資することでおよそ40年分の生活費を確保し、収入がなくても経済的に自立し
て生活できるという。

今はロサンゼルスの都会生活を離れ、山の中の一軒家を購入。2匹の犬とともに、
自由な生活を送っている。この日は、家から15分ほどの場所にあるスキー場へ。
冬から春にかけては、週に数回はスキーにくり出す。

ターニャさん「自分たちの行動を、楽しいか、意味のあると思えるかを判断基準に
して、お金について考えることなく、自分たちで決めることができるのです」

    ◇

インターネットには、FIREムーブメントの経験を綴るブログが続々と登場して
いる。グーグルでのFIREムーブメントの検索数はここ数年で10倍以上に増え、
若い世代を中心に、共感を呼んでいる。

英語教師として働くテリーさんもFIREを目指している一人。3年前、ニューヨ
ークの郊外に築100年の家を購入した。壁には、いくつか穴もあり、自分たちで
修復をしながら住んでいる。

さらに家具は、できるだけ中古品やもらい物でそろえた。そして買い物にもこだわ
りがあり、安く買いそろえた食材で週末にまとめて作り置きをすることで、食費を
抑えている。

節約したお金を投資にまわすことでこのペースで行けば、10年後には早期退職で
きそうだという。退職後は、今も参加する地域での菜園作りなどのボランティア活
動にもっと取り組みたいと話すテリーさん。

テリーさん「早期退職ができれば、もっと多くの時間をこの地域のために使って、
重要な案件を話し合う会合に参加したい」

仕事のためではなく、自分が大事だと思うもののために生きる。そんな生き方が今
、アメリカで広がっている。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

歩行者の死亡事故ダントツの日本 [社会]


「日本で歩行中に事故に巻き込まれて亡くなったのは37.3%。
これがいかに「異常」なことなのかということは、他の先進国の割合を
見ればわかる。スウェーデンは10.8%、ドイツは15.5%、英国でも23.7%なのだ」

「クルマに乗っている時に亡くなる「乗用車乗車中」は、死者数の少ないスウェーデ
ンで55.6%。フランスや英国、ドイツなどもだいたい50%くらいとなっているのだ
が、なんと日本の場合は、それらの半分以下の21.4%に過ぎない」

この数字から見えてくるものは何か。
「ただ歩道を歩いているだけの人が次々にクルマにはねられるという現実の裏には、
歩行者軽視の交通政策がある」

「日本が「歩行者軽視」であることは、歩行者の中でもっとも弱い立場である子ども
の犠牲が後を断たないことからも明らかだ」

--
視点を変えればこのような「歩行者軽視」という問題が浮かび上がって来る。
だが現状の交通政策を採ったお役人たちは変わらず、「歩行者軽視の交通政策」
と見えても矛先は・・・

---
2019/05/09
歩行者の死亡事故ダントツの日本、
ドライバー厳罰化で解決できない理由
headlines.yahoo

5月8日、滋賀県大津市でまたもや保育園児の列にクルマが突っ込み、園児2人が
死亡するという痛ましい事故が起きた。ただ歩道を歩いているだけの人が次々に
クルマにはねられるという現実の裏には、歩行者軽視の交通政策がある。
(ノンフィクションライター 窪田順生)


ドライバー厳罰化では 痛ましい事故は減らない

クルマの安全技術をもっと進化させるべきだ。いや、それよりもまずは危険運転の
厳罰化と、高齢者など危なっかしいドライバーの規制も本格的に検討すべきではな
いか――。

なんて感じで、呑気な議論をしている間に、またしてもクルマによって、何の罪も
ない人々の命が奪われてしまった。

昨日、滋賀県大津市で、散歩中に交差点で信号待ちをしていた保育園児たちの列に
、普通乗用車と衝突した軽自動車が突っ込んで、2人の園児が亡くなり、9人が重傷
を負ってしまったのである。

 
ただ、このような事故を起こしたドライバーを社会でボコボコに叩いて厳罰に処し
たところで、しばらくしたら同じように子どもを巻き込むような事故は起きるだろ
う。この何十年、何度も繰り返されてきたことである。

「だからこそ、官民が一体となってクルマの安全技術を進化させなくてはいけない
のだ!」という勇ましいかけ声が聞こえてきそうだが、その素晴らしい技術が日本
中の車に搭載されるまで、あと一体どれだけこのような犠牲者を出さなくてはいけ
ないのかという問題がある。


安全技術を確立するのは当然としても、まずは1人でも犠牲者を減らすため、長ら
く放ったらかしにしている問題に手をつけるべきではないか。

その問題とは何かというと、「歩行者軽視」だ。

ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、実は日本の歩行者は、他の先進国より
自動車事故の犠牲になりやすいという事実がある。


● ほかの先進国に比べて ダントツに多い歩行者の死亡事故

国際道路交通事故データベース(IRTAD)によると、30ヵ国の人口10万人当たりの
死者数では、日本は3.8人(2015年)と10番目に少ない。ノルウェー(1位)やスウ
ェーデン(2位)、英国(3位)などには及ばないものの、先進国水準といえる。

しかし、この犠牲者たちがどのように亡くなったのかという「状態別交通事故死者
数」というデータを見ると、その評価はまったく変わってくる。

クルマに乗っている時に亡くなる「乗用車乗車中」は、死者数の少ないスウェーデ
ンで55.6%。フランスや英国、ドイツなどもだいたい50%くらいとなっているのだ
が、なんと日本の場合は、それらの半分以下の21.4%に過ぎないのだ。

「見たか!これが世界に誇るメイドインジャパンの安全技術なんだよ!」と、
どっかのテレビ番組のように大ハシャギしてしまう方もいるかもしれないが、
実はこの低い割合は、日本のクルマが素晴らしいからだけではない。

別のシチュエーションの死亡率がダントツに高いのだ。もうお分かりだろう、
「歩行者」だ。

日本で歩行中に事故に巻き込まれて亡くなったのは37.3%。これがいかに「異常」
なことなのかということは、他の先進国の割合を見ればわかる。スウェーデンは
10.8%、ドイツは15.5%、英国でも23.7%なのだ。

このデータからもわかるように、道路がしっかりと整備され、歩行者の安全も確保
されているような先進国の場合、自動車事故とはハンドルを握るドライバーや同乗
者が亡くなるのが一般的だ。

しかし、日本ではどういうわけかそうなっておらず、自動車事故というと、人を
跳ね殺す、轢き殺すというパターンがメジャーになっている。

なぜかというと、クルマに乗る人の安全確保や、自動車道路の整備ばかりが注力さ
れ、歩行者の安全対策がないがしろにされてきたから。

要するに、「歩行者軽視」という悪習が続いてきたのだ。


● 訪日外国人が怒りを覚える 「クルマ優先社会」日本

という話をすると、「日本は欧米のような車社会じゃなく、公共交通機関が充実し
て歩く人の割合が多いから死亡率も多くなっているだけだ!」と、どうにかして、
自動車事故で歩行者の死亡率が高いことを正当化しようとする人たちがいるが、
日本も地方へ行けば、すぐ近くのコンビニへ行くのもクルマという、かなりのクル
マ社会である。

事実、日本自動車工業会が公表している2015年末の人口1000人当たりの自動車保有
台数を見ても、日本(611台)は、英国(591台)、ドイツ(598台)を上回っている
。また、百歩譲って「日本はクルマ社会ではない」ということにしても、日本が
「歩行者軽視」であるという事実はまったく変わらない。

日本が他の先進国よりも歩く人の割合が多いのなら、他の先進国よりも歩行者が優
遇されなくてはいけない。しかし、現実はどうか。

自動車道路は広くて3車線あっても、歩道は狭い。すれ違うと肩がぶつかるし、
ベビーカーを押していると急いでいる人に舌打ちされるほどだ。しかも、自動車の
往来を邪魔しないように、歩行者は歩道橋を渡ることになっている。

そんなの当たり前でしょ、と思うかもしれないが、外国人には、これはかなり
「異常な光景」である。ニューズウィーク日本版でコラムを執筆するコリン・ジョ
イス氏もこう述べている。

「歩道は狭過ぎて混雑し過ぎ。そして、なぜ道路を渡るのに、僕が階段を上らなけ
ればならないのか? 車が優先されていることに、僕は憤りを覚えた」

なんてことを紹介しても、憤りを覚えたのはこっちだとキレる人がほとんどだろう。

多くの日本人が抱くセルフイメージでは、日本社会は歩行者優先で、歩道や横断歩
道を歩いていれば100%安全。クルマのドライバー側も、歩行者の安全をいつも気に
かけている、という世界一交通マナーの素晴らしい国ということになっているから
だ。

が、残念ながらこれもデータを見ると、「妄想」に過ぎない。


● 子どもが犠牲になる事故は 過去数年で何件も起きている

2016年、JAFが各都道府県で2ヵ所ずつ、全国合計94ヵ所で信号機のない横断歩道
を通過する1万26台を対象に調査をしたところ、歩行者が渡ろうとしている場面で止
まったのは757台(7.6%)だった。

厳しいようだが、これが日本の現実なのだ。

だからこそ、歩行者軽視を変えなくてはいけない。歩道の広さを見直し、ガードレ
ールを整備する。子どもの多い通学路などは、時間帯によって進入制限や速度制限
を設けることも必要だろう。

日本が「歩行者軽視」であることは、歩行者の中でもっとも弱い立場である子ども
の犠牲が後を断たないことからも明らかだ。

昨年1月30日、岡山県の県道でクルマ5台がからむ衝突事故が発生して、トラックが
集団下校中の児童の列に突っ込み、4年生の女児の尊い命が奪われた。

その2日後には、大阪府の市道で重機が警備員の制止をふりきって歩道に乗り上げ、
聴覚支援学校の生徒や先生をはね、やはり11歳の女児が帰らぬ人となった。

2017年10月には、大阪府枚方市で集団登校していた子どもたちの列に、乗用車が突
っ込んで6人が重軽傷を負っている。免許取り立てのドライバーは「(太陽が)まぶ
しかった」と述べたという。

2016年10月には、横浜市で集団登校中の子どもの列に軽トラックが突っ込み、小学
1年生の児童が亡くなった。同じ月には愛知県一宮市で、下校中の4年男児がトラッ
クにはねられ亡くなった。

ドライバーは運転中に「ポケモンGO」をやっていた。さらに、その翌月には千葉
県八街市でも集団登校の列にトラックが突っ込んで児童4人が重軽傷を負っている。

他にも例を挙げればきりがない。これらを一部のドライバーのせいや、安全技術の
未整備のせいにしているだけでは何も変わらない。

では、変えるためにはどうすればいいのかというと、まずは歩行者軽視という現実
を認めなければいけない。

日本は、歩行者に厳しいという事実を受け入れて、それなりの対策をとるべきだ。
これ以上犠牲者を増やさぬためにも、いい加減そろそろ、このあたりの耳の痛い話
と本気で向き合わなくてはいけないのではないか。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

「アボカド」生産農家の悲哀 メキシコ [社会]


アボカドの価格がアメリカ市場で4月上旬に一時的ではあるが急騰
トランプ大統領はメキシコとの国境を封鎖する意向であることを表明した
からである。
--

世界的に需要が高まっているメキシコのアボカドであるが、その生産業者は
また別の戦いを強いられている。麻薬組織カルテルとの戦いだ。

アボカドがビジネスになっているのを見たカルテルは、生産業者に対してその土地
代や収穫に対して手数料を要求するようになっているという。

---
2019/05/07
日本人が知らない「アボカド」生産農家の悲哀
headlines.yahoo

アメリカの食卓に今や欠かすことができなくなっているのが「グリーンゴールド」
とも「森のバター」とも呼ばれているアボカドである。そのアボカドの価格がアメ
リカ市場で4月上旬に一時的ではあるが急騰した。

最高、一週間で前週比44%も上昇。1年前は1箱25ポンド(約11キロ)38ドルだったの
が、3月下旬に同42ドルとなり、4月初旬には、同60ドルに急騰したのだ。

その値上がりの要因は単純だ。中米からアメリカに移民を志している人たちが後を
絶つことなく北上し、それを遮るべきメキシコが協力してくれないという理由で、
トランプ大統領はメキシコとの国境を封鎖する意向であることを表明したからであ
る。

国境が封鎖されれば、アメリカ人に欠かすことのできないアボカドがメキシコから
輸入できなくなるという不安から価格が急騰したのだ。


輸入が全面解禁されたのは2007年

目下、アメリカで消費されているアボカドの75~80%はメキシコ産が占めている。
アボカド以外にも、トマトやタマネギ、ピーマン、カボチャ、唐辛子、キュウリな
どアメリカがメキシコからの輸入に頼っている食品は少なくないが、アメリカ人に
とっては最も関心があるのはアボカドのようだ。

今やアメリカで欠かすことができなくなっているハス品種のメキシコ産アボカドが
、アメリカに浸透したのは意外にも比較的最近からである。1914年から1997年まで
輸入が禁止されており、解禁となったものの最初は19州のみ輸入していた。大半の
州で輸入できるようになったのは、2005年になってからだ(全面解禁は2007年)。

そこからアボカドの輸入が急増。当初、メキシコからの輸出が許されていたのは60
の生産業者と、梱包出荷体制を備えている5社の輸出業者のみだったが、それが今
では2000社の生産業者と47社の輸出業者の手に委ねられるようになっている。

輸入が禁止されていた理由は、アボカドに付着する可能性のある害虫が、アメリカ
産の柑橘類の果物に付着して害を及ぼすようになることをアメリカの植物検疫が恐
れたことにある。

とくに、それを理由にアボカドの輸入解禁に最後まで反対したのはカリフォルニア
州だった。同州はアボカドはじめ、柑橘類の栽培が盛んで害虫の蔓延を恐れると同
時に、安価なメキシコ産アボカドがアメリカ市場に入ればカリフォルニア産アボカ
ドが市場を奪われると懸念していたのだ。



アボカドを生産するとほかの果物の生産は難しい

メキシコにとっても、アメリカ人は「太客」だ。現在、メキシコで生産されている
アボカドの8割はアメリカで消費されている。ただし、今に至っても、アメリカ市場
に輸出できるメキシコ産アボカドは10万ヘクタールという最大規模の栽培面積を持
つミチョアカン州で生産されたものだけ(全国32ある州の内ミチョアカン以外に27州
でアボカドが生産されている)。

アボカドの栽培には多量の水が必要で、ミチョアカン州では年間4度の収穫ができる
とされているが、その土地の滋養を食い尽くすという傾向があることからいったん
アボカドを生産すると、その後ほかの種類の果物などの生産は難しいとされている。


毎年、世界的に需要が高まっているメキシコのアボカドであるが、その生産業者は
また別の戦いを強いられている。麻薬組織カルテルとの戦いだ。アボカドがビジネ
スになっているのを見たカルテルは、生産業者に対してその土地代や収穫に対して
手数料を要求するようになっているという。

彼らの要求に従わないと、殺害されたり、家族が誘拐されたりすることを覚悟して
おかねばならない。あるいは、アボカドの木がすべて焼き尽くされるというケース
もあるようだ。


カルテルからの脅迫を受けながら生産

しかし、それは一時的には効果があったが、最近またカルテルが農家に姿を現して
脅迫するようになっている。これに対して農家側も自衛組織をつくってカルテルの
脅しに屈服しないようにしたり、また用心棒を雇ったりして防衛に努めている。



もっとも、実際国境が封鎖された場合、アメリカとメキシコの商取引の70%は陸上
での移動であることから、両国とも多額の損害を被るようになるのは明白である。
カリフォルニア州だけでも56万人の雇用が影響を受けることになるそうだ。

トランプ大統領はそれを承知しているはずだと思われるが、同大統領は自らの発言
が及ぼすマイナス影響を事前に考慮して発言するということができないのだろう。
今後もアボカドの価格の一時的な急騰は繰り返されるのではないだろうか。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

日本が直面する大問題 [社会]

日本社会の将来を考えるうえで、“人口減少”と“高齢化”は、
大前提となる。

今年4月1日に副業解禁となったが、大企業でも副業を認め始めており、
今後幅広い業種・業態へと拡大していく。

--
「人生100年時代」と言われるなか、定年年齢も段階的に引き上げ、

1980年代前半までは55歳が一般的、
1986年に高年齢者雇用安定法が制定されると60歳定年が努力義務に。
2000年の改正法では65歳定年が努力義務となり、
2012年改正法で完全に義務化された。
2020年代には70歳定年は実現するでしょう。

政府が定年を延長したがる理由は、言うまでもなく公的年金の受給開始年齢を
引き上げるため。

---
2019/05/02
「人口減少」と「高齢化」進む日本のヤバい問題
headlines.yahoo

今年4月1日に働き方改革関連法が施行され、サラリーマンの副業・兼業が本格的に
解禁になったが、そもそも政府はなぜ副業解禁を推し進めるのか。

そこにはネガティブな理由があった。「副業アカデミー」代表であり、明治大学リ
バティアカデミー講師でもある小林昌裕氏が、「政府が副業解禁を進めたがる理由
」「日本が近い将来に直面する大問題」について解説する。

これからの日本社会では、誰もが副業をするのが当たり前の時代がやってきます。
その動きはまだ始まったばかりですが、政府主導で副業が推進されているのが実情
です。


2018年は「副業元年」と言われ、今後数年のうちに、この動きは加速していくで
しょう。すでに、ソフトバンクグループ、新生銀行、ユニ・チャーム、ロート製薬
、コニカミノルタ、ソニー、花王、三菱自動車といった大企業でも副業を認め始め
ており、今後幅広い業種・業態へと拡大していくと見られています。

なぜこれほど副業が拡大しているのか。その理由は、現在の日本社会が直面してい
る問題にあります。

すなわち、「少子高齢化」です。国立社会保障・人口問題研究所が発表した
「日本の将来推計人口」(2017年)によると、2015年時点で1億2700万人いた日本の
人口は、今の若者が高齢者となる2063年には9000万人を下回り、さらに100年後の
2115年には5060万人まで激減すると試算されています。

それほど遠い将来の話でなくても、2036年には3人に1人が65歳以上という
「超々高齢社会」が訪れようとしています。


「人口減少」と「高齢化」は回避できない

政治経済や外交問題に関する未来予測というのは、必ずしも当たるものではあり
ません。ただし、少なくとも人口予測に関しては極めて高い精度で的中します。

自身と日本社会の将来を考えるうえで、“人口減少”と“高齢化”は、大前提とな
るのです。

これは、かつて当たり前だったはずの“昭和型キャリアプラン”が、まもなく終焉
を迎えようとしていることを意味します。

経済産業省の試算によると、「正社員になり定年まで勤めあげる」という生き方を
する人は、1950年代生まれでは34%だったのに対し、1980年代生まれでは27%。


「結婚して、出産して、添い遂げる」という生き方をする人は1950年代生まれでは
81%いたのに対し、1980年代生まれでは58%にとどまります(次官・若手プロジェク
ト「不安な個人、立ちすくむ国家」平成29年5月)。

「夫は定年まで正社員」「妻は子持ちの専業主婦で、一生、夫に添いとげる」とい
う昭和のモデルケースのような家庭は、もはやごく一部の富裕層に限られると言っ
ていいでしょう。

定年年齢も段階的に引き上げられており、1980年代前半までは55歳が一般的でした
が、1986年に高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)が制定
されると60歳定年が努力義務に。2000年の改正法では65歳定年が努力義務となり、
2012年改正法で完全に義務化されました。

政府は現在、70歳定年を目指していますが、これまでの流れから考えると、2020年
代には実現するでしょう。

「人生100年時代」と言われるなか、健康な人であれば、80歳ぐらいまで働き続け
るのが当たり前になるはずです。政府が定年を延長したがる理由は、言うまでもな
く公的年金の受給開始年齢を引き上げるためです。

年金を含めた社会保障にかかる費用は、2011年度は約108兆円だったのに対し、
2025年度は約150兆円まで増大すると見られています(厚生労働省、2012年推計)。

およそ1.5倍です。日本政府はすでに莫大な借金をしているため、これ以上の財政
支出は不可能です。このままでは、年金制度は破綻してしまう可能性が高い。

今の40代が高齢者になって年金を受け取れるのは、75歳か80歳になってから、
なんてことになりかねません。しかも、給付額が大幅に減るのは確実でしょう。

現在の医療費の自己負担割合は6~70歳が3割、70~74歳が2割、75歳以上が1割
(70歳以上でも現役並み所得者は3割負担)となっていますが、いつまでも高齢者を
優遇し続けることは、財政上不可能です。

2019年10月には消費税が10%に増税されるかもしれませんが、まだ足りない。
今後15%、18%、20%という具合に、上がり続けたとしても、まったく不思議では
ないのです。


われわれは「長生きする可能性が高い」

仮に75歳まで定年が延長されたとしても、すべての人が健康で働き続けられるとは
限りません。2017年の日本人の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳(厚生労
働省「平成29年簡易生命表」)ですが、平均寿命はさらに延びる可能性が高い。

平均寿命とは、その年に生まれた赤ちゃんがその後何年生きるか推計したもので、
例えば、2017年生まれの女性なら平均87.26歳まで生きるということです。

一方、ある年齢の人が、この先何年生きるかを推計したものは「平均余命」と言い
ます。例えば、2017年に65歳の女性なら、平均余命は24.43年(前出の簡易生命表)
なので、89.43歳まで生きることになります。

つまり2017年において、0歳の女性の平均寿命は87.26歳でも、65歳の女性は89.43
歳まで生きるということです。

自分が何歳まで生きるかを考えるときは、平均寿命ではなく平均余命で考えなくて
はなりません。平均余命で考えると、男性は90~100歳、女性は100歳超まで人生は
続く可能性が高いと思ったほうがいいでしょう。

医療経済学者で長浜バイオ大学教授(医学博士)の永田宏氏によると、今後も医療
技術の進歩に伴い、平均余命はさらに延びる可能性が高いとされており、平均寿命
を基準に考えていると、多くの人が“思ったより長生き”してしまうことになるそ
うです。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

こいのぼり500匹 那須連山を背景に [社会]


菜の花畑の中や風になびくこいのぼり
彩り豊かな光景

---
こいのぼり500匹 那須連山を背景に
shimotsuke

こいのぼり.JPG


那須町大島の菜の花畑が色づき始め、那須連山を背景に泳ぐ約500匹の
こいのぼりと共に観光客を魅了している。

こいのぼりは地元住民や観光客が寄付。同町高久丙の那須ハートフルファームが
5年ほど前から地道に集め、昨年初めて公開した。

部分的に咲き始めたばかりの菜の花畑は約4ヘクタールで、
同ファームが管理している。

青空が広がった2日は、多くの家族連れや写真愛好家が来場。
菜の花畑の中や風になびくこいのぼりの前で写真を撮るなどして、
彩り豊かな光景を満喫していた。

那須町稲沢、無職玄蕃隆徳(げんばたかのり)さん(72)は「写真を撮りによく
来る。朝晩はこいのぼりを掲揚する様子が見られるので面白いですよ」と話して
いた。

---
下野新聞チャンネル
2019/05/02
こいのぼり500匹 那須連山を背景に


コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

陽の当たる坂道も下りに転じる [社会]


高度経済成長にふさわしい「上り坂」の歴史のなかで
かっては輝いていた団地住民。

それが今は住民の半数近くが65歳以上の高齢者、
企業戦士として活躍してきた人の団地での「孤独死」・・

団地はいまや限界集落に等しいと言う程になっているが、
増えつつある外国人住民との「共生」が大事になっていく。


--
一つの団地の時系列的な変化を語っているものだが
高度経済成長の時と現在、それは日本の変容そのものである。


---
2019/05/03
団地を支える「高齢者と外国人労働者」の現状
headlines.yahoo


だが──陽の当たる坂道も、登りつめてしまえば穏やかな下りに転じる。

けやきの若木が巨木に変わるころ、団地から徐々に音が消えて行った。

子どもたちは「けやき通り」を駆け抜け、そして散り散りとなった。
共同体ともいうべき地域住民同士の近い「距離感」を嫌う人も出てきた。
ストにも負けずに出勤を続けた企業戦士も、その多くが定年をとうに過ぎた。

気が付けば、常盤平も老いの苦悩を抱えるようになった。

約5000世帯が住む常盤平団地は、住民の半数近くが65歳以上の高齢者だ。
単身高齢者も約1000人。

いま、団地で大きな問題となっているのが「孤独死」である。看取る人もなく、
ひっそりと生を終わらせる人が少なくない。2016年は10人が自室で亡くなり、
死後しばらくたってから「発見」された。

団地の自治会長を務める中沢さんが、事態の深刻さを実感したのは2001年の春だ
った。


死後3年で発見された69歳の男性

団地の一室で男性の白骨死体が見つかった。

69歳、独り暮らしである。死後3年が経過した状態だった。

元会社員だった男性は妻と離婚し、子どもも独立してからは没交渉だったという。

「死体発見」のきっかけは、家賃の未納だ。

孤独な晩年ではあったが、男性は家賃を滞納することはなかった。共益費を含めた
家賃3万3580円を預金口座からの自動引き落としで払っていた。水道光熱費も同様
である。死後も引き落としは続いた。UR側が男性の死に気がつかなかったのは、
滞りなく家賃が払われ続けていたからだ。

死後3年目にして預金が底をついた。家賃も水道光熱費も、そこではじめて延滞と
なった。URは幾度も督促状を出したが、なんの返答もない。そこで担当者が訪問し
て、ようやく男性の死亡が確認された。

警察が白骨化した遺体を運びだした後、民生委員が玄関ドアに貼り紙をした。

<家族の方がお見えになったら連絡をください>

そう、近所の誰も、男性の係累に心当たりがなかった。

「かつての団地では考えられないことだった」と中沢さんは言う。

タテもヨコも、つながりは薄い。隣に誰が住んでいるのか、名前は何か、働いて
いるのか、年金暮らしか、知る機会は少ない。それ以上に関心がない。

そのうえ、夫や妻に先立たれ、孤立した生活を強いられている人は増える一方だ。
団地はいまや限界集落に等しい。


相次ぐ孤独死は、中沢さんに衝撃を与えた。

「誰にも知られることなく死んでいく。こんなに寂しいことはないですよ。
たぶん、私の知らないところで、しかし同じ団地の中で、こうした死が相次いで
起きているであろうことは容易に想像できました。

もしかしたら、見て見ぬふりをしてきたのかもしれません。
亡くなった方の無念を思うと、胸が塞がれたような気持ちになりました。
人間の生が大事である以上、死もまた、大事にされなければいけない」

第一期住民としての、団地に対する愛着と誇りもあった。自治会長としての責任
も感じた。

以来、中沢さんは「孤独死ゼロ」を掲げて奮闘を続けることとなる。

「死に方というのは、生き方を写す鏡でもあるのだなあと。死の現場から、
その人の生きてきた軌跡が見えてしまう。だからこそ、せめて、死ぬ瞬間だけは
後悔のないようにしてあげたいんです」

団地から孤独死をなくそう──中沢さんはそう訴えて回るようになった。
自治会活動の重要事項にも位置付けた。自治会長として最初に手がけたのは
「孤独死110番」の開設だった。

自治会事務室の電話番号を周知させ、通報システムをつくったのだ。
また、新聞販売店にも協力を要請し、前日の新聞がそのままであったら、すぐに
連絡してもらう体制もつくった。


「ふれあいサロン」を開設

そして「孤独死ゼロ作戦」の目玉として設けたのが、団地1階の空き店舗スペース
を利用してつくられた「ふれあいサロン」である。これは2007年にオープンした。

カフェ型のオープンスペースだ。団地内の高齢者がいつでも利用できるよう、
年末年始を除き、ほぼ毎日、営業している。

入場料は100円で、コーヒー、紅茶はお代わり自由。高齢者の話し相手になったり、
飲み物の供し手も、団地に住むボランティアの高齢者が中心だ。

サロンをのぞくと、お年寄りが楽しそうに会話している。持病のこと、近所の噂話
、子どもや孫のこと。つまりは井戸端会議である。

かつての団地にあった光景だ。人と人との距離の近さ。無駄話。他者への関心。

「実は、そうしたことこそ、孤独死を防ぐために必要なんですよ。
そう思ってサロンをつくったんです」(中沢さん)

さらにいま、必要だと考えているのは、増えつつある外国人住民との「共生」だ
という。

老いてゆくばかりの日本人世帯と違い、働き盛りが多い外国人世帯は、あるいは
将来の団地の主役になるかもしれない。本来であれば、団地の潜在的成長力として
もっと期待されてもいい。

だが、言葉や文化の違い、あるいは高齢者にありがちな多文化への警戒心から、
交流は進まない。

いずれ、その外国人だって老いてゆく。孤独死に国籍は関係ない。だからこそ、
「通じあう」ことの必要性を団地住民すべてに訴えたいと中沢さんは話した。

コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感