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カンパチ46キロ 8歳が釣り上げる [社会]


叔母の央子さん「釣りをする時のように勉強も頑張ってほしい」と・・

「高校まで頑張って勉強する。それから久部良の海人になる」と、
胸を張り、満面の笑顔で将来の夢を・・

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2019年4月19日
やった!カンパチ46キロ 
与那国島の8歳・愛翔さん 夢は「うみんちゅ」
ryukyushimpo
カンパチ46キロ.JPG


「久部良の海人(うみんちゅ)になりたい」―。
胸を張り、満面の笑顔で将来の夢を話すのは与那国町立久部良小学校3年の迎里愛翔
(まなと)さん(8)。

3日、46キロのカンパチを釣り上げて16歳未満の国内記録の26・85キロを大きく上回った。

愛翔さんは3歳の頃、初めて船で釣りに出てから釣りが大好きになった。
今年の春休みは毎朝4時半に起床し、漁船「瑞宝丸」(金城和司船長)に「チーム立釣魂」
のメンバーと乗船、5時に久部良漁港を出ていた。

この日は、漁港から西に3時間ほど走らせたポイントで釣り糸を垂らすと、間もなく手応
えがあった。「強い引きだったので、サメだと思った」と言う。大きなカンパチが見え
てきて「びっくりした」。「去年は23キロのカンパチを釣ったけれど、今回のが一番で
かい」と話し、釣り上げた感触を振り返った。

普段から港の岸壁からの釣りに付き合ったりする叔母の大朝央子さんは「釣りをする時
のように勉強も頑張ってほしい」と笑う。

母の舞さんは「『学校をやめて海人になろうかな』と言うこともあった。でも父親と、
高校までは行きなさいと話したんです」とわが子を見つめる。

愛翔さんは「高校まで頑張って勉強する。それから久部良の海人になる」と、喜びと夢
で膨らんだ胸で、大きく深呼吸した。

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鳩の子育て [動物]


鳩の子育てライブがあっても良さそうだけれど
鳩は絶壁の壁に営巣することが多いらしくて難しいらしい。
都会などではマンションのベランダなど目立たない所に営巣するとか・・

鳩はツバメやスズメと違って体が大き目。
でも孵化から巣立ちまでは2週間位と、大きな体にしては育ちが早い。

公園や神社などで小鳩を見掛けてもいいはずだけれど親と変わらない大きさなので
見分けるのも難しいとか・・。

育ちが早いのは、鳩の子育ては親鳩が餌を運んで給餌するのではなく
栄養たっぷりなミルク?(ピジョンミルク)なので育ちが早いとか・・

「キジバトの繁殖-営巣から雛の巣立ちまで」では口移しでミルク?を与えている
のが分かります。このミルク?(ピジョンミルク)給餌は両親からもらえるようです。



KOJI283
野鳥:キジバトの繁殖-営巣から雛の巣立ちまで-


このビデオは、我が家の庭で高さ約2.3 mのポーチに水平に這わしたモッコウバラの
茂みで営巣したキジバトの繁殖の様子を雛の巣立ちまで記録したものです。

営巣の位置がポーチの端の方でしたので二階の窓から巣を見下ろすことができ、
下からでは観察困難な親鳥の行動を詳細に撮影することが出来ました。

2015年8月10日に小枝を運ぶ雄の姿を初めて観察した後8月14日(少なくとも4日間の
営巣活動後)から産卵が始まり翌日に2個目(最後)を産卵しました。

抱卵は1個目の産卵時から始まり、15日目(8月28日)と16日目(8月29日)にそれぞれ
1羽の雛が誕生しましたので、抱卵期間は14日間ということになります。

その後、育雛開始から16日目(9月12日)の早朝に2羽の雛が揃って元気に巣立って
いきました。

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日本だけが育てた文化 ゴボウ [伝統文化]


日本人は「根菜」野菜をたくさん食べてきて
日本だけが「ゴボウ」を育て文化に発展させたらしい。

世界で日本だけとされるゴボウ栽培。
日本への渡来については、平安時代だとか・・

普段何気なく食してるゴボウ、地味な食材だが
日本の特有性が高い食材、詳しくはリンクでどうぞ。

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2019.04.12
なぜ日本人だけがゴボウを育て文化に発展させたのか
jbpress

日本人は「根菜」、つまり根や地下茎を食用とする野菜をたくさん食べてきた。
本コラムでも取り上げたダイコンの他、ニンジン、カブ、レンコンなどなど。
土の中で蓄えられる栄養を大切にいただいてきたのだ。

さまざまな根菜の中でも「ゴボウ」ほど、日本の特有性が高い食材はないだろう。
伝来種とされながら、日本でのみゴボウ栽培が発展していった。
また、ゴボウがさまざまな食材として使われているのも日本だけという。

東日本ではきんぴらゴボウ、西日本ではたたきゴボウが、ハレの日にも日常的にも
食べられる。汁物や炒め物の具材、また天ぷらのタネとしても使われる。
今も日本人はゴボウ好きといえよう。



平安時代の古文書に「悪實」「支太支須」という言葉が

ゴボウというと、色や風味からいかにも日本の食材っぽい。
だが、原産地は西アジアから地中海沿岸にかけて。
日本への渡来については、平安時代、薬用として使われていた中国からという説がある。

その一方で、より古く、縄文時代の鳥浜遺跡(福井県)、三内丸山遺跡(青森県)、
忍路土場(おしょろどば)遺跡(北海道)などからゴボウの種子が出土している。
複数方面からの経路があったのかもしれない。

日本の文献に初めてゴボウの記述があったのは、平安時代の昌泰年間(898-901)に成立
した漢和字書『新撰字鏡』において。

「木」の部に「悪實 支太支須乃弥」とある。
「悪實(悪実。あくみ)」は、ゴボウの種子のこと。
また「支太支須(きたきす)」はゴボウの古名だ。


今も使われる「牛蒡」の字については、延喜年間(901-923)に成立した本草書
『本草和名』の第九巻「草中」に「悪實 一名牛蒡(略)和名岐多伊須」とある。

なお、「牛蒡」は、ゴボウのひげ根が牛の尾に似ており、それに草の名前の「蒡」が
ついてできたといわれる。かつては「うまふぶき」とも呼ばれていた。また、「牛房」
と書かれることも多い。


「栽培植物へ」という一大転換

ゴボウが日本人にどのように栽培されるようになったか。その歩みも文献の記述からう
かがえる。

承平年間(931-938)につくられた辞書『倭名類聚抄』に「牛蒡」が出てくるのは
「蔬菜部」の「野菜類」において。この部には「園菜類」もある。

ここから、北海道開拓記念館元学芸部長の山田悟郎氏は、当時のゴボウは畑で栽培され
たものでなく、山野で採られた山菜だったと考えられると推測する。

では、ゴボウが栽培されるようになったのはいつごろか。京都の東寺に伝えられた古文
書『東寺百合文書』には、鎌倉時代中期の1266(文永3)年における丹波国の大山庄領家
の注文事として「牛房五十把」また「山牛房卅本」の記述がある。

ここから「山牛房(やまごぼう)」だけでなく、栽培された「牛房(ごぼう)」も存在
したと見ることができる。

つまり、この2つの文献から、平安中期から鎌倉中期の間に、ゴボウが栽培されるように
なったことが推察できるわけだ。世界で日本だけとされるゴボウ栽培を、まさにこの時期
の日本人が成し遂げたことになる。


江戸期に生まれた滝野川ゴボウが日本各地に広まる

その後、江戸時代にもなると、日本の各地でそれぞれに特徴を持ったゴボウが栽培され
る時代となった。今の千葉県匝瑳市大浦地区に古くから根づいていた「大浦ゴボウ」、
石川県七尾市の沢野婆谷神社の神職が京都からコボウの種を取り寄せて植えたのが始ま
りとされる「沢野ゴボウ」、山口県美祢市美東町の赤土を利用した「美東ゴボウ」などだ


「きんぴら」も「たたき」もハレの日の料理食材だった

食材としてのゴボウにも目を向けてみたい。中国からの影響を受け、当初は日本でも
ゴボウは薬用として使われていたとされる。

料理にゴボウが使われていたことが分かる最古の文献は、平安時代の1146(久安2)年ご
ろ作られた、恒例・臨時の儀式、行事における調度についての記述『類聚雑要抄』にある

1118(元永元)年9月24日に供された宇治平等院御幸御膳のうち「干物五杯」の字の下
に「海松(みる)、青苔(あおのり)、牛房(ごぼう)、川骨(かわほね)、蓮根(はす
のね)」と並んでいる。

その後は、南北朝時代から室町時代にかけて成立したとされる教科書『庭訓往来』の中
で「煮染牛房」と記されている。ゴボウは煮物の材料だったようだ。




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根強いニーズ ガラ携 [IT]


日本ではまだまだガラケーのニーズがある。
2台持ちが主流とか、「ガラケー、根強いニーズ」。

なのに、ガラケーユーザーもしくは購入希望者は中古端末を買うしかないらしい。
中古のガラケーのニーズが高まっているのに。

5G対応でそれどころではない?
ニーズはそっちのけでメーカー主導??
儲からないものには手を出さない?

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2019年4月11日
ガラケー、根強いニーズ
mainichi

<くらしナビ・ライフスタイル>

スマートフォン(スマホ)が普及するなか、従来型のガラパゴス携帯電話(ガラケー)
と呼ばれる端末の人気も根強い。

利用料金の安さのほか、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が面倒と
いった「スマホ疲れ」も背景にあるようだ。

2台持ちが主流

「月平均で200~300台売れています。スマホとの2台持ちで、通話でガラケーを
使いたいという人が多いですね」。

東京都千代田区の中古ガラケー専門店「携帯市場神田本店」を運営する中古携帯買い取
り・販売会社「携帯市場」(東京都)の店舗事業部マネジャー、横山朝美さん(34)が
説明する。2017年11月の開店以来、販売台数は右肩上がりで伸びている。

主な購入者は40~50代の男性。仕事用や、子どもにスマホは持たせたくないが
連絡用に、と購入する人が…


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2017/06/29
中古ガラケーが人気の理由 (1/2)
itmedia

日本国内で、特有の進化を続けてきた従来型携帯電話(ガラケー)。
スマートフォンの急速な普及により、存在感は失いつつあり、キャリアショップではほ
とんど販売されなくなりました。

そんな中、中古のガラケーのニーズが高まっています。
今回は、中古ガラケーの人気の秘密に迫ります。


米国、英国、ドイツ、韓国、中国のどこ国を見ても、日本のガラケー利用率
(全体加重平均)が全世代で特に高いことが分かります。その裏返しで、スマホ利用率
が6カ国で一番低くなっています。
また、タブレット普及も各国より断トツで遅れています。

年代別に見ると、スマホ利用率では、20代では 87.0%で全世代トップ。年代とともにス
マホ利用率は下がり、60代は35.0%。逆にガラケーは年代と利用率が比例しています。
日本ではまだまだガラケーのニーズがあることが一目瞭然です。

これだけガラケー利用率が高いにもかかわらず、旧機種はキャリアショップでは購入で
きません。そのため、ガラケーユーザーもしくは購入希望者は中古端末を買うしかあり
ません。


いまだにガラケーを使う理由

実際にどのような層が中古ガラケーを購入しているのでしょうか? 
当社(携帯市場)では、月間数千台のガラケーを販売しています。
データによると、ガラケー購入ピーク層は2つあります。

1つ目が30~40代のサラリーマン男性で、仕事で利用するためです。
2つ目がシニアで、熱心なガラケー利用者かつスマホを持っていないため、
メイン端末として利用しています。


コメントから、中古ガラケーが売れている理由をまとめると、
以下の通りになります。

・シンプルな機能で十分
・ボタンが付いている
・スマホを使いこなせない
・スマホよりもガラケーの方が安い
・キャリアショップでスマホしか売っていない

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