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「本から学ばない人」と「読書家」の致命的な差 [生活]


「静かな無音の空間、ゆったりとした時間の中で他者と出会い、自分自身と
出会う。実際、海で潜った人はこの沈潜の雰囲気をよく知っているのではない
でしょうか」

「3メートルも潜ると、もう外界の音は聞こえません。わずかな光が差し込み、
かえって太陽の光の存在を強く感じます。沈黙の世界の中で、ゆったりと泳ぐ魚
に出合ったりすると、思わず声を上げたくなるほど感激します」

「人間の精神の深いところへ沈み込み、今まで気がつかなかった
自分の無意識の世界、内面の世界を改めて発見する」

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?こういった感激を読書に求めることが減っている忙しい現代人。
ボタンを押すだけで情報にありつける現代人は、本を読むこと自体が仕事の
延長のような感覚になり苦痛になるのかも知れない。

「読書の効用は疑似体験」からいけば、映画やドラマの主演クラスが本人に
なりきっての演技はまさに疑似体験。時間をかけての読書が減ることは
疑似体験も減ることになる。

なので1時間でいいので別の世界に沈潜してみることを推奨している。

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2019/03/06
「本から学ばない人」と「読書家」の致命的な差
齋藤孝「読書の効用は疑似体験にある」
toyokeizai

「沈潜する」時間を持つ

旧制高校の学生が使った言葉で「沈潜(ちんせん)する」というものがありました。
自己研鑽すること、自分を磨くことを「沈潜する」と表現したのです。
とてもいい言葉だと思います。

忙しい毎日、膨大な情報洪水に流され浮遊するのではなく、「沈潜する」時間を
持ちたい。本を読んで著者と一対一で対話する。あるいは自分自身と対話する。

作品の本質に迫り、グッと自分の深い部分や心の奥底に沈んで潜っていく感覚で
す。そこにはネットでの画像や動画の派手さや、SNSで短い言葉が飛び交う喧噪は
ありません。

静かな無音の空間、ゆったりとした時間の中で他者と出会い、自分自身と出会う。
実際、海で潜った人はこの沈潜の雰囲気をよく知っているのではないでしょうか。

3メートルも潜ると、もう外界の音は聞こえません。わずかな光が差し込み、
かえって太陽の光の存在を強く感じます。沈黙の世界の中で、ゆったりと泳ぐ魚
に出合ったりすると、思わず声を上げたくなるほど感激します。

まさにそんな心と精神の中に沈潜すると、今まで聞こえなかったかすかな音や、
わずかな光に気がついたり、新たな発見や出会いがあったりする。

今の世の中、「沈潜する感覚」があまりにも少ないように思います。人間の精神
の深いところへ沈み込み、今まで気がつかなかった自分の無意識の世界、内面の
世界を改めて発見する。それが「沈潜力」です。

毎日の1時間を「沈潜する時間」に変えるだけで、世界は大きく変わって見えてく
るのではないでしょうか。深い世界に沈潜するということは、時間をさかのぼる
ことでもあります。

過去の偉大な人格に触れ、時代を超えたつながりを持っている人ほど精神が強く
なる。今の時代だけを生きていると、ちょっと弱い。例えば、はるか2500年前の
仏陀とつながっている人は、人類史上最強のメンターを得たということでもあり
ます。当然それは心が強くなるでしょう。

人間の苦悩は四苦八苦と呼ばれ、生老病死の4つに、愛別離苦(愛するものと別離
する苦しみ)、怨憎会苦(怨み憎んでいる者と一緒にいる苦しみ)、求不得苦(
求めるものが得られない苦しみ)、五蘊盛苦(肉体と精神が思うままにならない
苦しみ)の4つが加わる。

これらはすべて煩悩(執着)から生まれ、その執着をなくすことで苦しみから
解放されると仏陀は説きました。人間がなぜ苦しむか?そのメカニズムを説明
し、どう生きるべきかを体系的に説いたのが仏陀でした。

その教えを知ることで、迷いの心が少しずつクリアになります。なるほど自分が
苦しんでいるのは怨憎会苦だなとか、求不得苦からきているなと冷静に分析でき
るだけで、苦しみはずいぶん楽になる。



読書の効用は「疑似体験」にアリ

読書の効用の1つに疑似体験ということがあります。本を読むことであたかもス
トーリーに描かれていることを自分が体験した感覚になる。

精神的に成長し人格を陶冶するためには、経験を積むことが不可欠です。とはい
え、1人の人間が実際に体験できることは限られています。

そこで有効なのが本であり、読書です。読書によって自分が実際に体験していな
いことも、ある程度追体験することができるのです。

この世には普通の人間がなかなか体験できないことや、体験したら終わってしま
うことがあります。先ほどのアウシュビッツでの体験など、私たちができるもの
ではありません。

体験したときは死んでしまうときでもある。死なないまでも体験したら社会的に
終わってしまうこともあります。各種の犯罪などはその1つでしょう。

ただし人間なら誰しも、何らかの過ちを犯してしまう危険が潜んでいます。
それを疑似体験することで過ちの世界の苦しみを知り、過ちを避けることができ
ます。

本を読み、深い沈潜の時間を持つことで、通常ではできない体験をする──。
先ほどの村田諒太選手もアウシュビッツという疑似体験を通じて、自分を強くす
ることができたということです。


疑似体験という言葉を使いましたが、よい文学作品、古典的な名作となると、
もはや疑似を通り越して自分の実際の体験のように感じてしまいます。

文章や構成にそれだけ説得力がある。ストーリーに必然性があり、描写もリアル
に表現されているからです。

大事なことなので、繰り返しますが、SNSを断ち、1時間でいいので別の世界に
沈潜してみる。古典や文学作品に当てる。

すると、それまで知らなかった世界を知ることになります。それは単なる情報で
はない、著者が培った生きた知恵、深い人格です。

そのとき初めて、世界はこれだけ広く深かったことを実感するの
ではないでしょうか。

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